倉持裕一 YUICHI KURAMOCHI

WEBメディア「ONESTORY」編集長。そのほか、企業が展開する会員誌やオウンドメディアのディレクション、展覧会や店舗のプロデュース、施設やイベントのコンセプトメイキング、アートワークなど、既存の編集概念にとらわれず、多岐にわたり活動。主には、俳優・永瀬正敏氏の「impress」(写真展)、映画監督・中野裕之氏の「TOKYO “PEACE” TREASURE ISLAND」(映像作品)、フラワーアーティスト・東 信氏の「式 -SHIKI」(米 発刊作品)、元サッカー日本代表選手・中田英寿氏の「N」(欧米・亜 発刊作品)など。

長野県には、好きなワインが多い。「レヴァン・ヴィヴァン」「テールドシエル」「ファンキー・シャトー」……。そのほかにも、たくさんある。

長野県は、造り手にとって良い環境が整っているように思える。例えば、東御市周辺では若い生産者が増えていると聞く。しかも、それが必ずしもワインに精通した人ばかりでなく、ナチュラルワイン好きが講じて生産者になった人もいるそうだ。中には、東日本大震災を契機に人生を見つめ直し、ワイナリーを始めた人も。きっかけや理由は様々だ。

資金的に醸造機能が持てないワイナリーにおいては、近隣が委託醸造を担う関係性も成り立っている。荒蕪の地が葡萄畑になることもあるため、生態系の循環においても好転しているだろう。「信州ワインバレー」と題したツーリズムは、県や市などの行政も支援し、地域の一体感があるようにも感じる。

その活動のひとつ、「千曲川ワインバレー」に属する「ジオヒルズワイナリー」が今回の旅の目的地だ。

「千曲川ビューライン」をドライブすると「千曲川」が流れる「小諸大橋」に差し掛かる。ちょうど視界が開けるそこは、僕が好きな景色だ。荒々しい断崖絶壁は、自然の優しさだけでなく、狂気的な気配も漂わせ、圧倒的な地球のエネルギーを感じる。さらに車を走らせると、その名の通り、丘の頂に「ジオヒルズワイナリー」はある。周囲と馴染んだ遠目から見る建物もまた、僕が好きな景色だ。

2021年夏、僕は「ジオヒルズワイナリー」の醸造責任者・富岡隼人さんとお会いするご縁をいただいた。きっかけは、ボランティアワーケーションである。

時期にもよるが、植樹や剪定など、葡萄畑の作業をお手伝いする活動は、ただ無心になって自然と向き合う貴重な体験だと思う。「自然から生まれる命の過程を見てほしい」とは、富岡さんの言葉だ。土の上では、年齢や性別、もちろん組織や役職も関係ない。同じ目的に向かって、ただただ汗を流す時間は、初見の人ですら、絆が深まる。

そんな体験の醍醐味は、自分が携わったヴィンテージのワインを飲む時だ。舌の上では感じることのできない感情が溢れてくるだろう。味では測れない想いである。

当時、僕は富岡さんとゆっくり話す機会に恵まれた。すると、ご実家は小諸で温泉旅館「中棚荘」を営んでいると言う。ワイナリーは、富岡さんの父親が始め、2018年から継いだと言葉を続けた。さらに、その前はベトナムにボランティアとして日本語教師をしていたと自身の歩みを話してくれた。

「ベトナムで始めた最初のボランティアは、一年半。任期を終え、日本に帰ってきました」。

最初? ゆっくりとした温和な口調で話してくれた「最初」という言葉に、僕はなぜか興味を惹かれ、その続きを聞いた。

「一年半のボランティアは楽しかったんです。ですが、楽しいボランティアは正しいボランティアなのかと日本に戻ってからずっと考えていて。もう一度、ボランティアと向き合うためにベトナムに向かいました」。

その話を伺い、「ジオヒルズワイナリー」のボランティアワーケションにおいても、一度ではなく、二度三度通うことによって、その本質が見えてくるのかもしれないと思った。

実は、富岡さんの奥様、ミーさんはベトナムの方で、二度目のボランティアで出会ったと言う。人生は不思議だ。行動を起こすか起こさないかで、全く違う世界に変わる。富岡さんでさえ、人生の伴侶との出会いがそこに待っているとは予想できなかっただろう。そして、ワイナリーに併設されたカフェでベトナム料理を供している理由はここにあったのかと、その違和にも納得できた。

ミーさんが作る料理は、バインミーやガパオ、チャーゾー(揚げ春巻き)など数種あるが、個人的にはフォーをお勧めしたい。ベトナムの国民的料理とも言えるそれは、本場さながらの味。あっさりしたように見え、鶏や野菜を煮込んだ澄んだスープは、奥が深い。例えるならば、日本の出汁のようだ。見た目は無色透明だが、しっかり手仕事は成されている。まるで現地へ旅したかのような気持ちにさせてくれる味わいは、まさにフードトリップ。加えて、驚くべきはミーさんは料理人ではなかったこと。長女だったこともあり、毎日のように母親の料理を手伝っていたため、腕が磨かれたようだ。つまり、これらの料理は、ミーさんの家庭料理なのかもしれない。

夢中にフォーをすすりながら顔を上げれば、目の前にはぶどう畑が広がる。更にその向こうには「荒船山」、右に「八ヶ岳」、左に「浅間山」がそびえる。心地良く抜ける風は優しく頬を撫で、鳥のさえずりが心身を穏やかにしてくれる。「ジオヒルズワイナリー」では、全て特等席だ。食後には、テラスでカ・フェ・ムォイ・ダもぜひ。ムォイとはベトナム語で塩という意味。ミーさんの出身、ベトナム中部のご当地コーヒーだそうだ。余談だが、ミーさんはお酒が飲めない。

こんな環境でいただくことができるベトナム料理は、日本全国、いや、世界中を探しても稀有だと思う。そう、ここはワイナリーなのだ。

「ジオヒルズワイナリー」のワインは、東京ではほぼ買うことができない。唯一、手に入れることができるのは、長野県の首都圏情報発信拠点「銀座NAGANO」だけだ。その理由を富岡さんに聞くと、「顔の見える人に売ってもらいたいから」と言う。富岡さんを知る人ならば、実に富岡さんらしい見解と思うに違いない。

そんな富岡さんは、「ワイン文化を未来へ繋ぐ会」も発足。地元の小学校や高校を中心に体験学習などを催し、畑作業やエチケットデザインなど、子供たちと一緒にワイン造りもしている。ワイナリーの中には、「トミーへ 体けん学習楽しかったよ!! ありがとう!!」と手書きのメッセージも飾られていた。僕は、こういった件にめっぽう弱い。

「生産者や農家を目指してほしいわけではありませんし、ワイン関係の仕事を勧めるつもりもありません。ただ、小さな頃に体験したことは、きっと将来の役に立つと思うんです。地元や土地に誇りを持ってもらえる機会や子供たちの人生の財産になってもらえればと思って始めました」。

不謹慎な発言かもしれないが、「ジオヒルズワイナリー」は、富岡さんの命よりも遥かに長く生き続けるだろう。もちろん、これは本件に限ったことではない。世界遺産や歴史的建造物、工芸品などは、その好例だ。今を生きる我々が未来にできることは、「繋ぐ」ことなのかもしれない。

2022年4月、フランス・パリで開催された「フェミナリーズ世界ワインコンクール」にて、「ジオヒルズワイナリー」の「MIMAKI Merlot 2020」が金賞を受賞したという知らせを富岡さんから受けた。せっかくなので、僕は東京でワインを買って、ひとり祝杯をした。ひと口含むと、富岡さんやミーさんの顔、ぶどう畑、ワイナリーから見える自然など、色々な情景が頭の中を駆け巡った。僕にとって「ジオヒルズワイナリー」のワインは、ただの飲み物ではない。出会いや体験を通して美味しい以外を享受できた僕は幸運だった。

冒頭、「長野県には、好きなワインが多い」という言葉を少し訂正しようと思う。「長野県には、好きな造り手が多い」という表現が正しいのかもしれない。これからの人生、富岡さんのような造り手とどれだけ出会えるだろうか。何種類飲んだかは、僕にとって重要ではない。誰と出会えたか、誰が造ったかを大切にしたい。そんな積み重ねが人生を豊かにしてくれると思うから。

僕は人に惚れて飲む。

「ジオヒルズワイナリー」の「GIO」とは、ベトナム語で「風」という意味を持つ。また風吹く丘で、富岡さんとミーさんに会いたい。

ジオヒルズワイナリー

〒384-0807
長野県小諸市山浦富士見平5656

Cafe
営業時間 10:00〜16:00
ランチ 11:30〜14:00(土・日・祝のみ)
定休日 不定休
https://giohills.jp/

長野県小諸市
TODAY
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    L:8
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