最新のF1チームファクトリーを思わせる”ドライビングラボ”。

“ドライビングラボ”の名が意味するところ

ステアリングホイールを切ると握る両手のひらには強烈なキックバックが伝わり、そして日常では経験したことのない横Gが、まるで身体をシートから引き剥がすかのように重圧をかけてくる。またブレーキペダルを踏み切るには、足の動作に全神経を集中させなくてはならないほどの踏力を要するため、富士スピードウェイの第1コーナーで240km/hからのフルブレーキングを何周か繰り返しただけでも、すでにふくらはぎの筋肉がつりそうになる。

自身の理想を実現すべく「simdrive」を立ち上げたという藤井氏。

当然、フルブレーキングでは、減速Gで全身がシートに叩きつけられたかのような感覚に襲われる。空調はしっかり効いているのに汗が噴き出し、モータースポーツが身体の極限に挑むタフなスポーツであることを誰もが思い知らされるだろう。

このリアルさは、もちろんeスポーツとも異なるし、世の中に出回っている“ドライビングシミュレーター”ともまるで異次元といって過言ではない。掲げられた「究極のドライビングエクスペリエンスを提供するラボ」という看板に偽りの曇りは一点もなかった──。

東京・東麻布にあるビルの最上階。エレベーターを降りるとそこには高級リゾートホテルのラウンジを思わせる空間が広がっていた。ここが、会員制ドライビングラボの「simdrive(シムドライブ)」。入会金150万円となかなかの高額であるにもかかわらず、2023年春のオープン以来、入会を希望するジェントルマンレーサーが後を絶たないという。

“トップシークレット”ともいえるラボの心臓部。会員のみがその全貌を知ることができる。
”ラボ”の外はまるで高級ホテルのような設えだ。
富士スピードウェイ、ル・マンをはじめ世界各国の著名サーキットを網羅する。

プロレーサーとしての経験値が違いを生む

この「simdrive」を経営する会社のCEOであり、ラグジュアリーな世界観を一手にプロデュースしたのが、FIA世界耐久選手権やルマン24時間レースに参戦するプロレーシングドライバーの藤井誠暢氏。なぜ、ここまで実車に近い体験ができる場所を作ろうと思い立ったのか、そのいきさつから藤井氏に尋ねる。すると、次のような答えが返ってきた。

「僕はレーシングドライバーとして世界を転戦していますが、たとえばルマンのコースを走る時にヨーロッパのドライバーと何が圧倒的に違うかといえば、それは現地での走行量です。そのため一部のF1チームにあるような超高性能のドライビングシュミレーターがあると良いのですが、なかなか納得できるものはありません。そこでイギリスのエンジニアリング会社に協力してもらい、さらに僕のレーサーとしての経験を加えることで、究極のドライビングラボを開発することを思いついたんです」

モータースポーツ常連のワークスチームドライバーもレース本番を控えてレーニングに来るほどの信頼を獲得している。
会員にはネーム入りのレーシンググローブとシューズが提供される。

「simdrive」がどれだけ本当のレーシングカーに近いのか——。藤井氏が、次のようなエピソードを披露してくれた。

2023年の夏、最高峰のスポーツカーシリーズの一角であるGTワールドチャレンジ・アジアの第7戦が、初めてモビリティリゾートもてぎで開催された時のこと。もてぎでの走行に馴染みのないアジアのワークスチームが、レース直前に「simdrive」を貸し切ってトレーニングした結果、見事に優勝を果たしたというのだ。しかも本番でのラップタイムは、「simdrive」で出したタイムとほぼ同一だったという。

アプリでの簡単予約で手軽にトレーニング

藤井氏によれば、ほとんどすべての会員メンバーが、一般的には高額と思われるだろう会員費や利用費について「コストパフォーマンスが高い」と感じているという。 「それも道理で、たとえば高い参加費を払ってサーキット走行会や練習会に参加しても、なかなかクリアラップはとれません。しかもタイヤは摩耗するし、ブレーキも酷使するし、オイルも交換しなければならない。そうしたコストを考えると『simdrive』はリーズナブル、と多くのお客さまがおっしゃいます。なにより、ジェントルマンドライバーは会社経営者など多忙な方が多いので、サーキットまで行く時間をなかなか捻出できません。でもここなら、専用のアプリで素早く予約をして、空いた時間に楽しく練習ができるのです。麻布の立地を選んだのには、都心でアクセスが良いという理由もあります」

経営者としての顔をもつ一方、現在でもプロレーサーとして世界を転戦する藤井氏。

ドライビングラボを標榜する「simdrive」において特に興味深いのは、会員は自身がサーキットでハンドルを握る愛車とまったく同じデータを作成してもらえるということだ。たとえば冒頭の体験は、992型のポルシェ911カップカー。パワーやトルクといったパワートレインのスペックからハンドリングの特性や挙動までが、現実と寸分違わず再現されるのである。これを可能にしているのは、プロとしてのキャリアを通してさまざまなレーシングマシンをドライブし、また過去にはフェラーリ、ポルシェなどプレミアムブランドでドライビングレッスンのインストラクターも務めたことのある藤井氏の実に豊富な経験だ。藤井氏は、「ロードカーはほとんどすべて乗っています」と胸を張る。

こうして、5メートル幅の高精細LEDスクリーンを前に愛車がシミュレートされ、リアルな挙動とダイレクトなGは、8つの高性能モーションシステムによって提供されるのである。

海外のアーティストに依頼したレジェンドレースの作品がラボを飾る。
あらゆるレーシングカーのステアリングが用意されている。
壁面には世界各国のメジャーなサーキットが描かれている。気分は世界を旅するレーサーだ。

プロのアドバイスがスキルアップの近道

「simdrive」で特にお薦めしたいのが、藤井氏本人や常駐のデータエンジニアのアドバイスを直接受けることができる有料オプションだ。テレメトリールームにあるモニターにはリアルタイムのドライビングデータがタイムラグなく随時表示されており、サーキットを疾走すると同時にプロの鋭く厳しい目を通した的確なブレーキング、走行ライン取り、アクセルワークがドライバーに指示される。実際のサーキットでは決して手に入れることのできない唯一無二の体験といえるだろう。ここを訪れるドライバーが揃ってラップタイムを更新しているという話にも非常に納得がいく。

テレメトリーデータをリアルタイムで集積・分析しながら、ドライバーに随時アドバイスを送ることで、無駄のないスキルアップが可能になる。

筆者も、ヘッドフォンで藤井氏のアドバイスを受けながらドライブするとそれまで意識もしていなかった弱点が明確になり、2周、3周とラップを重ねるにつれて自分でも驚くほど上達していくのがわかった。藤井氏によれば自己流で富士スピードウェイを走っていた利用者の一人が、「simdrive」で数時間のアドバイスを受けながら練習した結果、3秒以上もラップタイムを縮めたケースもあったという。

ドライビングの“ラボ”としてはもちろんのこと、ラグジュアリー感あふれるラウンジのデザインにもこだわりたいからと、すべてにおいて陣頭指揮を取ったと語る藤井氏。まさに氏のビジョンと経験をつぎ込んだサーキットが東京タワーを望む都心の一角に存在したのである。しかもDXが生み出した、いわば未来のサーキットだ。

東京・東麻布のビル最上階。ワークスペースの窓からは東京タワーを望むこともできる。

simdrive

〒106-0044
東京都港区東麻布1-12-5 ACN東麻布ビル8F

営業時間:12時~22時 
休業日:月曜日・年末年始

https://simdrive.jp/

藤井誠暢|Tomonobu Fujii

国内のツーリングカーレースとして人気を誇るSUPER GTやスーパー耐久を活動の軸に、ル・マン24時間、ニュルブルクリンク24時間、デイトナ24時間、ドバイ24時間など海外のメジャー耐久レースでも多彩な戦績を誇る。現在はFIA世界耐久選手権シリーズに参戦し、世界各地を転戦する一方、レーシングチームの運営や、国内・海外のモータースポーツマネージメント事業、自動車関連イベント事業などを手がけるなど幅広く活動している。

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