世界耐久選手権(WEC)の源流

現在のWECの源流にあたるのは、1953年に設立された世界スポーツカー選手権である。F1がレースだけのために作られた純レーシングカーで競われるのとは対照的に、当時の世界スポーツカー選手権に参戦する車両は市販のスポーツカーに軽いチューニングを施したものがほとんど。ここにフェラーリ、ジャガー、アストンマーティン、ランチア、アルファロメオといった世界の名門ブランドが挑んだうえ、イタリアのミッレミリア、フランスのルマン24時間、ベルギーのスパ24時間、メキシコのカレラパナメリカーナといった個性豊かなイベントが名を連ねていたため、選手権の人気は爆発。1950年代から1960年代にかけてはF1を凌ぐ注目度を一身に集めていた。

メーカーの挑戦を後押しする多様な参戦パッケージこそWECの可能性

その人気が拡大していくにつれて、自動車メーカー同士の競争も激化。次第に、市販車ベースのスポーツカーから、レース専用に作られたスポーツカー(スポーツプロトタイプカーとも呼ばれる)に姿を変えていった。この結果、自動車メーカーが負担する参戦コストが増大。この影響により時代によって参戦するメーカーの数は増減を繰り返してきたが、2021年にシリーズの最高峰クラスとしてハイパーカーが設定されると、世界中のスポーツカーメーカーがWECに再注目。今年はトヨタ、フェラーリ、ポルシェ、プジョー、キャデラックの5大メーカーが激戦を繰り広げているほか、BMW、ランボルギーニ、アルピーヌといったブランドもハイパーカークラスへの参戦を表明するなど、F1に優るとも劣らない白熱した戦いになることが期待されている。

さらに、このハイパークラスだけでなく、プロトタイプカーのLMP2クラス、市販車をベースとするLMGTEクラスの計3クラスが同時に出走し、多彩な個性を揃えていることも、F1にないWECだけの魅力といえる。その意味でいえば、GT500クラスとGT300クラスに分かれて内外の自動車メーカーが覇を競い合う日本のスーパーGTに似た側面を持っているともいえるだろう。

LMHとLMDh、2つの規則こそ新しいWEC

ここではまず、最高峰クラスのハイパーカーについて説明しよう。

実は、同じハイパーカーでも現在はLMH、それにLMDhという2種類のマシンが混在している。このうちLMHはルマン24時間を主催するACO(西部自動車クラブ)が中心になって策定した規則で、車両の開発に際して自動車メーカーに与えられた自由度が広く、一定のスペックに収まっていれば自動車メーカーがすべての主要部品を自分たちで製作することも可能となっている。

フェラーリ499P。“跳ね馬”がルマン24時間の総合優勝を目指し、50年振りに開発したレーシングカー。参戦初年度ながら、開催100周年にあたる今年のルマン24時間で見事総合優勝を果たした。
元F1マクラーレンのレースドライバー、ストフェル・バンドーン。元F1のドライバーや現役のF1リザーブドライバーが多数出場しているのもWECの特徴だ。
少なくとも6時間、長ければ24時間で競われるWECは、マシンの瞬発力だけでなく、耐久性や信頼性、さらにはレース戦略やピット作業での精度など、多くの要素が勝敗を左右する。

もうひとつのLMDhは、アメリカでスポーツカーレースを開催するIMSAが中心となって策定したもので、こちらは使用できるシャシーやハイブリッドシステムなどが規則によって限定されている。つまり、自動車メーカーは自分たちで開発することができず、既存の製品を購入することが義務づけられているのだ。このためマシン開発に必要なコストはLMHよりも低く抑えられるというメリットがある。

ただし、WECを主催するFIAはLMHとLMDhの速さが拮抗するよう、各メーカーにハンディウェイトを課すなどしているので、ふたつの規則による性能差は基本的にないと見なされている。

Copyright 2023 FIA WEC / FocusPackMedia – Harry Parvin

なお、現在LMH規定でWECに参戦しているのはトヨタ、フェラーリ、プジョーの3メーカー。残るポルシェとキャデラックはLMDh規定を採用している。来年以降、参戦する予定のBMW、ランボルギーニ、アルピーヌもLMDh規定に基づいて車両を開発する予定だ。

このうち、ハイパーカークラスが設立された当初からWECに参戦しているのはトヨタのみ。彼らは、LMP1がWECの最高峰カテゴリーとされていた2012年に挑戦を開始し、以来、現在に至るまで継続的に参戦している。そしてこれまでにルマン24時間で5勝、WECのシリーズチャンピオンでも5度タイトルを獲得しており、実績、そして実力の点でトヨタがトップに君臨していることは誰もが認めるところだ。

LMP1時代から連綿とWEC参戦を続ける唯一の自動車メーカーがトヨタ。現在、彼らがハイパーカークラスに投入しているのがトヨタ GR010 HYBRIDである。

トヨタに続いて2022年シーズンの途中からハイパーカークラスに挑んでいるのがプジョー。ルマン24時間で過去3勝を挙げたプジョーは、「リアウィングを持たない」という革新的なコンセプトの9X8というマシンを投入したものの、いまのところ白星を挙げていない。今後の開発に期待がかかる。

プジョー9X8。レース専用に開発された現代のレーシングカーでありながら、リアウィングを持たないという斬新なコンセプトで注目を集めた。

フェラーリは今年のWEC開幕戦にあたるセブリングで499Pというマシンを投入。第3戦まではトヨタの後塵を拝するレースが続いたが、シリーズ最大の一戦である第4戦ルマン24時間で劇的な勝利を飾った。トヨタの対抗馬として注目の存在といえる。

ルマンに続く栄冠に期待がかかったフェラーリだったが、富士では4位と5位という結果に終わった。

いまのところLMDh勢のポルシェとキャデラックに勝利はないが、ルマン24時間では両メーカーとも一時的にトップに立つなど、そのポテンシャルには侮りがたいものがある。

LMDh規定を選択したポルシェ。初年度から多くのカスタマーに車両を供給。//Copyright 2023 FIA WEC / FocusPackMedia – Harry Parvin

2024年はもっと面白くなる!?

ハイパーカーに続く速さを誇るのがLMP2だ。現在は全チームがオレカ07のシャシーにギブソン製エンジンを積んだマシンでシリーズを戦っているが、前述のLMH、LMDhのハイパーカークラスの拡大を受け2023年シーズンでクラスが廃止される。

2023年シーズンで廃止となるLMP2クラス。ギブソン製のエンジンのサウンドは格別だ。

現在のWECで市販車をベースとするマシンでの参戦が唯一義務づけられているのがLMGTEである。もともとは、プロフェッショナルドライバーがエントリーするLMGTE Proと、アマチュアドライバー中心のLMGTE Amの2クラスが設定されていたが、LMGTE車両での参戦が2023年で終了となることに伴い、LMGTE Proクラスは昨年限りで廃止。今年はLMGTE Amクラスのみが設定されている。

LMGTEに参戦するマシンは、フェラーリ488GTE Evo、ポルシェ911RSR、アストンマーティン・ヴァンテージAMR、シボレー・コルヴェットC8.Rの4モデル。ちなみに、来年からはLMEGTと近い成り立ちで、世界中で人気を博しているGT3車両をベースとするマシンで競われる計画だ。

ユニークなカラーリングで注目を集めることが多いNo.56 チーム・プロジェクト1のポルシェ911 RSR。ドライバーはマテオ・カリロリ、PJ・ハイエット、ギュンナー・ジャネットの3人が務めるが、チームのランキングは富士6時間終了時点で10番手と振るわず。

WEC富士で観た群雄割拠のレースの醍醐味

さて、9月8〜10日の日程で開催されたWEC第6戦富士6時間レースでは、地元トヨタが予選でトップ2を独占。決勝レースでは、スタート直後の混乱でトヨタ勢は一時的にポジションを落としたものの、中盤以降は徐々に独走態勢を構築。最終的に7号車(マイク・コンウェイ/小林可夢偉/ホセ-マリア・ロペス)、8号車(ブレンドン・ハートレイ/セバスチャン・ブエミ/平川亮)の順で1-2フィニッシュを飾った。

圧倒的な車両台数もWECの魅力の一つ。

富士で3位表彰台を得たのは、トヨタに続くと期待されていたフェラーリではなく、LMDh勢のポルシェだった。レース序盤にしてトップに立ったポルシェ6号車はしばらく首位を堅持。その後はトヨタの先行を許したものの、最後までフェラーリを抑えきって表彰台に上った。これに続いたのが2台のフェラーリで、50号車が4位、そして51号車は5位でフィニッシュ。なお、プジョーの最上位は7位で、1台だけがエントリーしたキャデラックは10位に終わった。

国内のSUPER GTと同じように速さの異なるレースカーが混走することで、車両だけではなく、チーム戦略やドライバーに勝つための多様な条件が付加されレースを面白くしている。//Copyright 2023 FIA WEC / FocusPackMedia – Tim Hearn

LMP2クラスを制したのはベルギーの名門であるチームWRT。そのドライバーには、かつてF1で活躍したロバート・クビカも名を連ねていた。

LMGTEクラスではフェラーリとコルヴェットが激戦を繰り広げたが、最終的にはAFコルセが走らせるフェラーリ488がコルベットに22秒の差をつけて栄冠を勝ち取った。

今シーズンのWECは、11月4日に開催されるバーレーン8時間で幕を閉じることになる。

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