スポーツカーを語るうえで、ポルシェ911は欠かすことのできないビッグネームだ。ときに「スポーツカーのメートル原器」と評されるくらい、その存在は揺るぎなく、しかも普遍的だ。
けれども、1台の自動車として見ると、911が極めて例外的な存在であることに気づく。たとえば、ひとつの名前が与えられたモデルが、60年に以上にわたって同じ基本形式で作り続けられたのは、ミニと911くらいだろう。しかも、フロントエンジン前輪駆動(FF)という現在でも一般的なレイアウトをもともと採用していたミニに対して、911はリアエンジン後輪駆動(RR)という、いまや絶滅危惧種といっても差し支えのない希少なレイアウトを綿々と使い続けているのだ。
911がRRを使い続ける最大の理由は、端的にいえば911がフォルクスワーゲン・ビートルの血筋を引いているからだ。911は同じポルシェが作った356というモデルの進化形だが、その356はビートルをお手本として作られた。だから356も911もRRなのだ。
では、RRにはどんなメリットがあるかといえば、まずは駆動輪である後輪の近くに重量物のエンジンが搭載されているため、後輪にしっかりと荷重がかかり、発進時や加速時に後輪がスリップしにくく、駆動力が確実に路面に伝えられることが挙げられる(こうした性能をトラクションと呼ぶ)。
スーパースポーツカーの定番であるミッドシップと異なり、エンジンを後車軸の後方に積むRRは後席を設けやすいのもメリットのひとつ。ポルシェは356や911を「長距離ドライブが可能で実用的なスポーツカー」と位置付けていたので、ふたり乗りではなく4人乗りにすることは重要なテーマだったのだ。
ただし、弱点もないことはなくて、FFに比べてスペース効率(ボディサイズに対するキャビンやラゲッジルームの比率のこと)が高くないことは、そのひとつ。そしてもうひとつが、コーナーを攻めたときにときとして危険な挙動を示すことがある点だ。
先ほども述べたように、エンジンは自動車にとって最大の重量物のひとつ。これが、後輪よりも後ろに搭載されていると、振り子の原理を例に挙げるまでもなく、なにかの拍子に勢いがつくと、その勢いを止めるのが難しいという現象が起きる。たとえばコーナーリング中にクルマの後輪がアウト側に向けて流れ始めたとすると、その勢いを止めるのは難しく、場合によってはスピン状態に陥ることもある。
これがRRの最大の弱点といって間違いないだろう。
しかし、そうした弱点がほとんど無視されるくらい、ファンは熱狂的に911を愛し続けた。そして、その声援に応えるようにしてポルシェは911を作り続け、改良し続けていたといえる。
その結果、現代の911は、前述した「振り子現象」は少なくとも日常的なドライビングでは経験できないほどの安定性を手に入れた。いっぽうで、RRならではのスペースユーティリティやトラクション性能の高さは健在。そしてなによりも、ポルシェらしい高品質な作り込みと、あのアイコニックなデザインが支持され続けているがゆえ、911はいまも「スポーツカーのメートル原器」として人々から愛されているのである。