スポーツカーを語るうえで、ポルシェ911は欠かすことのできないビッグネームだ。ときに「スポーツカーのメートル原器」と評されるくらい、その存在は揺るぎなく、しかも普遍的だ。

写真手前が1964 年に登場し、ナローと呼ばれることも多い初代911。911は各世代を9から始まる3桁の開発コードで呼ぶため、901、930、964、993、996、997、991、992という別の呼び方が存在する(930だけ呼び方が複雑)。

 けれども、1台の自動車として見ると、911が極めて例外的な存在であることに気づく。たとえば、ひとつの名前が与えられたモデルが、60年に以上にわたって同じ基本形式で作り続けられたのは、ミニと911くらいだろう。しかも、フロントエンジン前輪駆動(FF)という現在でも一般的なレイアウトをもともと採用していたミニに対して、911はリアエンジン後輪駆動(RR)という、いまや絶滅危惧種といっても差し支えのない希少なレイアウトを綿々と使い続けているのだ。

911はRRレイアウトとなるため、重量が嵩むエンジン、駆動輪は車体後方に搭載される。前後バランスが取りづらいためRRは独特の運転フィールとなるが、ポルシェはそれを高い技術力で1級品のスポーツカーに仕立て続けている。

 911がRRを使い続ける最大の理由は、端的にいえば911がフォルクスワーゲン・ビートルの血筋を引いているからだ。911は同じポルシェが作った356というモデルの進化形だが、その356はビートルをお手本として作られた。だから356も911もRRなのだ。

911のルーツであり、ポルシェ初の市販モデルとなった356シリーズ。フォルクスワーゲンの名車ビートル、356で培われたRRの製造技術がのちに911シリーズへと受け継がれていく。

 では、RRにはどんなメリットがあるかといえば、まずは駆動輪である後輪の近くに重量物のエンジンが搭載されているため、後輪にしっかりと荷重がかかり、発進時や加速時に後輪がスリップしにくく、駆動力が確実に路面に伝えられることが挙げられる(こうした性能をトラクションと呼ぶ)。

RRレイアウト同様、初代から受け継がれていた水平対向の空冷エンジンだが、時代に対応すべく水冷化の道に舵取りをおこなった。最後に空冷エンジンを搭載したのは4代目の911となるタイプ993。

 スーパースポーツカーの定番であるミッドシップと異なり、エンジンを後車軸の後方に積むRRは後席を設けやすいのもメリットのひとつ。ポルシェは356や911を「長距離ドライブが可能で実用的なスポーツカー」と位置付けていたので、ふたり乗りではなく4人乗りにすることは重要なテーマだったのだ。

水冷エンジンを搭載した新しい911として1997年にデビューしたタイプ996。丸目ヘッドライトを涙目にするなど、デザインにも変更が加えられた。

 ただし、弱点もないことはなくて、FFに比べてスペース効率(ボディサイズに対するキャビンやラゲッジルームの比率のこと)が高くないことは、そのひとつ。そしてもうひとつが、コーナーを攻めたときにときとして危険な挙動を示すことがある点だ。

タイプ996で不評だった涙目ヘッドライトを丸目に戻し、6代目の911として2004年に登場したタイプ997。変速機に2ペダルMTのPDKを用意するなどし、日本でも大ヒットモデルとなった。

 先ほども述べたように、エンジンは自動車にとって最大の重量物のひとつ。これが、後輪よりも後ろに搭載されていると、振り子の原理を例に挙げるまでもなく、なにかの拍子に勢いがつくと、その勢いを止めるのが難しいという現象が起きる。たとえばコーナーリング中にクルマの後輪がアウト側に向けて流れ始めたとすると、その勢いを止めるのは難しく、場合によってはスピン状態に陥ることもある。

1976年、RRに限界を感じていたポルシェが開発したFR(フロントエンジン・リアドライブ)モデルである924。FRレイアウトに加え、デザインも911シリーズとは大きく異なったためセールスは不調に終わった。

 これがRRの最大の弱点といって間違いないだろう。

 しかし、そうした弱点がほとんど無視されるくらい、ファンは熱狂的に911を愛し続けた。そして、その声援に応えるようにしてポルシェは911を作り続け、改良し続けていたといえる。

ポルシェは924の後継として1983年から944、そして1992年から968を販売。FRポルシェとしてマーケットの拡大を目論みたがセールスは伴わず。968を持ってFRポルシェの歴史は幕を閉じている。

 その結果、現代の911は、前述した「振り子現象」は少なくとも日常的なドライビングでは経験できないほどの安定性を手に入れた。いっぽうで、RRならではのスペースユーティリティやトラクション性能の高さは健在。そしてなによりも、ポルシェらしい高品質な作り込みと、あのアイコニックなデザインが支持され続けているがゆえ、911はいまも「スポーツカーのメートル原器」として人々から愛されているのである。

世界でも数少ない同一車名で販売が続けられている911。エンジンなど様々な部分は大幅に改良が加えられ、近い将来電動化されるという噂もある。しかし、RRレイアウトだけはアイデンティティとして継承されていくだろう。

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