モナコでもル・マンでもない。東京で国内初の公道レース開催

3月30日、日本国内では史上初の開催となったフォーミュラE 東京大会が東京ビッグサイト周辺で行われ、2番グリッドからスタートしたマセラティのマクシミリアン・ギュンターが日産のオリバー・ローランドをレース終盤に攻略して栄冠を勝ち取った。ポールポジションからスタートしたローランドは、35ラップのレースの24周目まで首位を守り続けたが、続く25周目にギュンターに攻略されると、終盤の追い上げも届かず、2位でフィニッシュ。3位を勝ち取ったのは、5番グリッドから猛追したアンドレッティのジェイク・デニスだった。

今回のフォーミュラE 東京大会は、日本の公道で行われた史上初の四輪レースとしても注目された。1周、およそ2.6kmのコースは、これまで世界中で数々のサーキットをデザインしてきた「ティルケ・エンジニアズ&アーキテクツ」がデザインしたもの。したがって安全性の高さはお墨付きだが、コース幅が狭いうえにタイトコーナーが多く、走行前から「レース中の追い越しは困難」との予想が数多く聞かれた。

たしかにレース中の追い越しは決して多くなかった。しかし、観客席から金網1枚隔てたすぐ先をフォーミュラカーが疾走する迫力は、これまで日本のモータースポーツ・ファンがなかなか体験しえなかったものだし、金網に囲まれたタイトなコースで接近戦を繰り返しながらも、レース中の接触は数えるほどしか起こさなかったドライバーたちの腕前は神業と言って差し支えないだろう。

そうした見た目の面白さだけでも十分に魅力的だが、もう一歩踏み込んでみると、フォーミュラEに対する興味は一段と深まるはず。そこで、ここでは「フォーミュラEをより楽しく観戦するためのポイント」をかいつまんでご説明することにしよう。

2014年に創設されたフォーミュラEは、全チームが基本的に同じマシンを用いるワンメイク制を採っている。このワンメイクマシンは、これまでに2018年と2022年の2回、モデルチェンジを受けており、3代目となる現行マシンは一般にGen3と呼ばれている。

もっとも、ワンメイク制が敷かれているのはシャシー、バッテリー、フロントサスペンション、ボディカウルなどで、モーター、インバーター、トランスミッション、リアサスペンションは独自開発が認められている。ちなみに、現在シリーズに参戦している11チームのうち、マシンの独自開発を行っているワークスチームはジャガー、ポルシェ、日産、DS、マセラティ、ERT、マヒンドラの計7チーム。残るエンヴィジョン(ジャガー)、アンドレッティ(ポルシェ)、ABTクプラ(マヒンドラ)の4チームは、カッコ内に示したワークスチームからマシン供給を受けるプライベートチームに分類できる。

いっぽう、マシンの独自開発が部分的に認められているとはいえ、それらの性能に上限が設けられているのも事実。たとえば、後輪を駆動する電気モーターの出力は最大で476ps(350kw)に制限されていて、これを越えるとペナルティが科せられることになる。

なお、モーターによって駆動されるのは後輪だけだが、前輪にもモーターというか発電機が取り付けられていて、いわゆる回生ブレーキ(タイヤが回転する力学エネルギーを電気エネルギーに変換することで減速を行うメカニズムのこと)として使用。減速時にエネルギー回生を行い、そこで生まれた電力をバッテリーに充電している。なお、回生ブレーキの機能は後輪にも設けられており、前後輪で最大816ps(600kW)ものエネルギー回生を行うことができる。

これだけパワフルな回生ブレーキでも減速中の力学エネルギーをすべて回収できるわけではなく、全エネルギーのおよそ40%に留まる。それでも、第1世代のGen1が約15%、第2世代のGen2が約25%だったというので、この10年間で飛躍的な進歩を遂げたことは間違いない。

なお、回生ブレーキで回収しきれない力学エネルギーは一般的なメカニカルブレーキによって吸収し、減速する。フォーミュラEのマシンには、フロントにブレンボ製の立派なカーボンコンポジット・ブレーキが装着されているものの、リアブレーキにはロードカーと見紛うばかりの貧弱なブレーキが取り付けられている。というのも、これはあくまでも非常用で、後輪による減速はそのすべてが回生ブレーキによってまかなわれるからだ。

前述のとおりバッテリーは全チームが同一のものを用いるワンメイク制で、その全容量は54kWh(実質容量は52kWh)というから、路上を走る最新のEVに比べてとりたてて大きいわけではない。これは軽量性を重視して、フォーミュラカーらしい機敏な走りを実現するのが目的とみていいだろう。

ところで、バッテリーの実質容量である52kWhがすべてレース中に使えるかといえばそうでもなく、だいたいイベントの1週間ほど前に、そのレースでどれだけの電力を使えるかに関する通達がでる。ちなみに東京大会は32kWhと、それ以前の大会より6.5kWh小さい電力とされた。その理由は不明だが、各ドライバーが東京大会でいつも以上に厳しい「燃費レース」ならぬ「電費レース」を強いられたことは間違いない。

この限られた電力を最大限生かし、できるだけ速く走ったドライバーが優勝することになるのだが、ここにもいつくかの落とし穴がある。

たとえば、いくら自分が速いからといって先頭を走り続ければ、空気抵抗を全身で受け止める格好となって電費は低下する。できるなら、自転車競技のように、レースの大半はトップに立つことなく、最後の最後で首位を奪うのがもっとも効率的だが、当然、先頭を走るドライバーもレース終盤はブロックをする恐れがあるわけで、それほど簡単に追い抜けるわけではない。したがって、レースのどこまで抑えて走り、どこでトップに立つかという駆け引きが、レースの勝敗を決めるひとつの要因となるわけだ。

もうひとつ、レースの流れを複雑にしているのはアタックモードである。

アタックモードは、合計8分間にわたりモーターの最高出力が通常時の408ps(300kw)から476ps(350kw)に引き上げられるというもの。それだけならおいしい話に聞こえるが、アタックモード中は特定のコーナーで走行ライン(レーシングライン)を外れなければいけないというルールがある。つまり、パワーはあるけれど、ライバルに抜かれやすい状況を自ら作らなければならないのである。このため、8分間を2回に分けて使うアタックモード(東京大会では2分間と6分間に分けられた)をどのタイミングで使うかも、勝敗を分けるカギとなりうるのだ。

そして最後に控えているのが、いわばアディショナル・ラップとも呼ばれるもの。これは、レース中に実施されたフルコーションやセーフティーカーランの長さに応じて、レース周回数を増やすというルール。しかも、何周増えるかは、フィニッシュまで残り3周程度になるまで発表されないのだからややこしい。なにしろ、各ドライバーはチェッカードフラッグを受けた瞬間にバッテリー残量0%とすることを目指して走っているのに、残り3周となったところで「あと4周」や「あと5周」などと指示されるのだ。したがって、残り3周まではバッテリー残量を余分に残しておき、残り周回数が発表されたところでラストスパートをかけるという戦いになるのが一般的である。

いずれにせよ、ドライバーたちはあれだけの混戦を戦いながら、いっぽうでこれほど複雑なバッテリー・マネージメントも行わなければいけないのだから、ただ速いだけでなく、知的で冷静なドライバーでなければ勝利は覚束ないといえるだろう。

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