個性を求められて成熟していったカーデザイン

馬車の面影も濃かったクルマのデザインが、タイヤをフェンダーで包みルーフを滑らかに繋ぐという現代のスタイルに近づいたきっかけはいくつか考えられる。

例えば自動車が誕生してすぐに始まったモータースポーツによって、より速く走ることを求められたスポーツカーが、構造力学的な技術革新を経て、だんだんと今のような形を手に入れることになった。また、大量生産が始まった結果、庶民に自家用車が行き渡り始めると、個性を求めるユーザーの需要に応えようとメーカーはカーデザインに力を入れ始めた。

いずれにしても現代へと至るカーデザインの源流は1930年代後半から戦後に求めることができるだろう。

その後、カーデザインは“テロワール”の影響を受けていく。ドイツ、イタリア、イギリス、フランス、そしてアメリカといった“生産国”ごとに国民性や生活環境にマッチしたデザインを生み出し、それぞれに刺激しあったといっていい。

大衆車の時代は一つの形が長く愛される時代でもあった。フォルクスワーゲンビートルはおよそ半世紀にわたって世界中の人々に愛されたし、その後継モデルのゴルフは現代へと続くコンパクトカーデザインの礎となった。ドイツメーカーは個性と機能性や合理性、生産性を重んじるバウハウス・ムーブメントに影響を受け、現代へと至るイメージを確立したことで、世界の実用車デザインをリードすることになる。

カーデザインの傑作車であり、最も有名な自動車デザインと言えるフォルクスワーゲンのタイプ1ことビートル。1941年に登場し、60年近く生産された。
デザイン界の巨匠、ジョルジェット・ジウジアーロがデザインしたフォルクスワーゲンのゴルフ。乗用車の理想型としてハッチバックスタイルを世界に広めた傑作車である。

影響しあった各メーカーのデザイン戦略

一方、最大の消費国となったアメリカはというと広大な国土と世界一の国力、進んだ技術力をフルに活かして、独自のカーデザインを発展させることになった。50年代には早くも“空を飛ぶこと”まで視野に入れつつ、ありとあらゆるデザインが生まれたものだ。

戦後すぐに世界で最も大きなマーケットとなったアメリカは、当然ながら欧州メーカーのデザイン戦略に大きな影響を与えることになる。例えば戦後のイタリアに興ったフェラーリはアメリカ市場に育てられたようなもので、アートとテクノロジーを融合させた贅沢で美しいクルマ作りはその後、イタリア車的なデザイン表現の代表的な潮流となっていく。

フランスとイタリア、イギリスでは貴族向けの豪華な馬車作りを支えてきた車体工房が戦後も健在で、中でもイタリアのカロッツェリアは美しさと個性で世界のカーデザインをリードした。

そんなカロッツェリアも21世紀になると一斉に衰退してしまう。自動車メーカーのマーケティング戦略が充実し、カスタマーの嗜好を取り入れて商品化するスピードが重要視されるようになった結果、インハウスのデザインチームを抱えることがかのフェラーリでさえ合理的であると考えられるようになったからだった。 自動車産業では後発となった日本のカーデザインは、黎明期にはアメリカの影響を受けつつ、その後は美しきイタリアに大いに憧れ、さらにドイツの合理性に心酔した。長らくデザインチームの地位はさほど高くなかったが、21世紀になってからマツダや日産、そしてトヨタといったメーカーではデザイン部署を重視するようになっている。

写真はC1と呼ばれるシボレー コルベットの第一世代。同時代のアメリカのカーデザイン力は時代を先取りし、結果多くの個性的なモデルが生み出された。この時代のアメリカ車をこよなく愛する人は多い。
イタリアのデザイン工房であるカロッツェリアの代表格といえばピニンファリーナ。512BBを初め、長い期間多くのフェラーリ車のデザインを担当して名作を生み出した。

効率を求めて失われつつある個性的なデザイン

カーデザインのユニークな地域性はグローバル化が進むにつれて徐々に薄れていった。同時にエアロダイナミクスや安全性の追求によってデザイナーの個性が発揮される機会もまた減ってしまう。60年代までには全てのアイデアが出尽くしていたと言われる所以でもある。

とはいえ、行き過ぎたグローバル化は没個性を生む。今はまた地域の個性を生かしたデザインが再評価されつつある。歴史あるブランドは自らの歴史に向かい合い、過去の名車をモチーフにしたデザインも数多く見受けられるようになった。

クルマそのもののパッケージングの変化もまたカーデザインに大きな影響を与える要素だ。3ボックスのセダンや2ボックスのハッチバック、ステーションワゴンが好まれた20世紀から、ミニバンやSUVの時代となってクルマのシルエットも変わっていく。 現代ではパワートレーンとパッセンジャーパッケージ、エアロダイナミクス、安全性が現代のクルマの基本的なカタチを決めており、多くのデザインはデザイナーの手に握られた鉛筆から離れてコンピューター上で描かれるようになった。結果、現代の実用的なカーデザインの個性はほとんどフロントマスクのデザインによってのみ発揮されるようになっている。

マツダは2010年に「魂動(こどう)-SOUL of MOTION」というデザインコンセプトを打ち出し、それを基に2012年にCX-5を販売。現在もその流れを組むクルマを作り続け、好調なセールスを記録する要因となっている。
レクサスはスピンドルグリル、BMWはキドニーグリルなど、各メーカーは一目でブランドか認識できるようなデザインアイコンをフロントマスクに採用し続けている昨今。
四角いスクエアなデザインは今も昔も人気だが、空気抵抗を減らして燃費性能を上げることが重要な近年、角張ったデザインを採用する車種は激減している。自動車デザインに個性が失われた要因のひとつでもある。

Keyword: