決して華やかなだけじゃないデザイナーの世界
先日亡くなったマルチェロ・ガンディーニは生前、未来あるエンジニアの卵たちを前にこんなことを語っている。
「デザイナーやエンジニアのプロフェッショナルを目指す人たちは革新的であってほしい。そのためには歴史をすべて知らなければならない。そのうえで鉛筆を握りしめて独創的なアイデアを描き続けて欲しい」
カーデザイナーの仕事とは何か。クルマのカタチを決める。もちろんシンプルにいえば、それに尽きるがそのためになすべき作業は膨大だ。
ブランドのヘリテージのみならずカーデザインの歴史を知り尽くし、今と未来の時代性を感じ取りながら、企画された商品のアイデアをわかりやすく具現化し、機能から空力、材料や色味までのありとあらゆる要素を吟味して、それらを規則や生産に適したデザインへと修正を繰り返しながら落とし込み、一台のクルマとして完成させていく。そのうえでガンディーニ先生の言うように革新的でユニークなスタイルを生み出せ、しかもエクステリアのみならずインテリアも、と言うのだから、全くもって骨の折れる仕事に違いない。
カーデザイナーというとなんだか格好良くてスマートなイメージがあるけれど、実際には自らの肉や骨を削ってカタチを作る泥臭くて地道な仕事であろう。それでいて、日々どんなに苦労していても我々の前に現れるときにはデザイナーらしく颯爽と登場しなければならないのだ。否、我々の前に登場するときには一つのプロジェクトが終わったときだろうから、自然と颯爽たる姿になるのだろう。それだけやりがいのある仕事だということもできる。
カーデザイナーには大きく2つのタイプが存在する
偉大なるカーデザイナーというと、偉大なるプロダクトを作り上げた人物と、強烈に個性的な作品を生み出して後世のデザイナーに影響を与えた人物の両方をまずは思い浮かべる。
後者こそは前述したマルチェロ・ガンディーニであり、彼の描いた個性的な作品群、ランボルギーニカウンタックやランチアストラトス、シトロエンBXなど、はその衝撃的なデザインセンスでデザイナー志望の若者たちの心を今も昔も鼓舞した。
偉大なるカーデザインで思い浮かべるのもまたイタリアの巨匠=マエストロだ。長らくイタルデザインを率いたジョルジェット・ジウジアーロである。彼の描いたVWゴルフはビートルに代わる実用車として一斉を風靡し、コンパクトハッチバックという実用車の新たな地平を切り拓いた。
いずれのデザイナーもイタリアの有名なカロッツェリアに所属していた。マルチェロはベルトーネ、ジョルジェットはギアを経て自らイタルデザインを興している。
時代と共に変化を続ける「クルマを描く」仕事
イタリアのカロッツェリアがカーデザイン界を牽引したのは90年代までだろうか。逆にいうとその辺りの時代までがデザイナーの技量とセンスだけで個性を発揮できた、カーデザイナーの時代であった。
機能や空力、安全性など自動車に求められる要素が多くなり、スピードも要求されるに従って、デザイナー一人の力量で対処できる時代は終わった。インハウスのデザインチームによるデザインが主流となり、著名なカーデザイナーといえば、ある意味“チーム監督”の立場にある人物を指すようになった。個人戦から団体戦へと試合の方法が変わったのだ。
マルチェッロはこうも語っていた。「カーデザインはその商品にとって最高にして最大の広告である」、と。つまりデザインの良し悪しが売れ行きを決める。それゆえ現代では組織の中でも重要な地位につくデザイン監督も多くなった。ダイムラーベンツのゴードン・ワグナーなどはその際たる例だろう。日本では日産のVPまで出世した中村史郎や、マツダのデザインを世界レベルへと引き上げた前田育男、さらにはポルシェやフェラーリで活躍した奧山清行らが有名だ。
個人プレーだったガンディーニの時代ならいざ知らず、前述したように今はチームプレーの時代である。ブランドデザインを決めるルールブックも膨大なページになっている。素晴らしいカーデザインを成し遂げたのは、ただ一人の力ではない。名も知らぬ多くのデザイナーたちの血と汗の結晶であると言って、過言ではない。