フェラーリにおけるテクニカルトランスファー

 現在、WECの最高峰カテゴリーとして設定されているハイパーカー・クラスのLMHは、その名のとおり、スーパースポーツカーよりもさらに高性能なハイパーカーと呼ばれるロードゴーイングカーでレースを戦うのがそもそものコンセプトだった。しかし、参加する自動車メーカーの都合により、やがてロードカーをベースとしていない車両でもLMHとして認証される形にルールは改正されていった。

 くわえて、アメリカのIMSAシリーズが主体となって設定されたLMDhというレーシングカー専用のカテゴリーもハイパーカー・クラスに組み込まれたため、いよいよ複雑な様相を呈してきたが、LMDhよりオリジナルのコンセプトに近いLMHにしても、レース専用に開発されたプロトタイプカーといって差し支えのない外観を備えていることは皆さんもご承知のとおりである。

世界耐久選手権(WEC)ハイパーカークラスに参戦するフェラーリ499P。2024年のル・マン総合優勝も果たしている。

 それは、昨年、WECならびにルマン24時間レースのトップカテゴリーに50年ぶりに復帰したフェラーリにしても同じこと。ヘッドライト周りのデザインなどにロードゴーイングカー“296GTB/296GTS”の面影が見えなくもないが、基本的なスタイリングはレースを戦うために生まれてきたプロトタイプカーそのものといって間違いない。

ロードゴーイング(市販車)のフェラーリ296GTB。GTBは「グランツーリスモ・ベルリネッタ」。

 けれども、その心臓部であるV6ツインターボエンジンが、296GTB/296GTSと同じブロックを用いていることをご存知だろうか? もちろん、エンジンブロックをシャシーの強度部材として用いる純レーシングカーとロードゴーイングカーとでは、エンジンを支持する形が大きく異なるため、エンジンマウント周辺は独自に設計されたものとなっているが、基本的な構造は499Pと296GTB/296GTSでまったく同じとされる。つまり、499Pの外観はロードカーと異なっていても、その“心臓”は共通といって差し支えないのだ。

ロードゴーイングのフェラーリ296GTB/296GTSに搭載されるV6ツインターボエンジンが、モータースポーツの耐久レースの最高峰を戦うハイパーカー499Pにも搭載されている。

 一般的にロードカーとレーシングカーで技術的な交流を図ることを“テクニカル・トランスファー”と呼ぶが、フェラーリではどの程度のテクニカル・トランスファーを行っているのか?

 フェラーリGTスポーティング・アクティビティのトップを務めるアントネロ・コレッタに、WEC開催中の富士スピードウェイで訊ねた。

「フェラーリがレースを戦ううえで重視しているのは、できるだけ多くのテクニカル・トランスファーを行うことにあります」とコレッタ。「たとえば、WECのGTカテゴリーにはロードカーの296GTBをベースとした車両を投入しています。これは、私たちがGTレースを戦う際のフィロソフィーと呼ぶべきもので、これには長年の歴史と伝統があります。そして2000年代半ばから現在にいたるまで、私たちのGTスポーティング・アクティビティ部門ではこの考え方を実践してきました」

世界耐久選手権(WEC)のもうひとつのカテゴリーであるGT3車両によるLMGTクラスに参戦するフェラーリ296GT3は、ロードゴーイングの296GTBをベースとしたレース専用車。ジェントルマンたちが夢の舞台で戦うカスタマーモータースポーツの頂点に位置するモデル。

 では、499Pで挑むハイパーカー・クラスはどうなのか?

「私たちは2003年にルマン24時間レースのトップカテゴリーに復帰しました。そしてモータースポーツ界では異例なことに、私たちはロードカーである296用のエンジンを499Pのベースとして使うことにしました。これもまた、レースで得た知識をロードカーに活用するというフェラーリのフィロソフィーを実践するうえで、重要なチャンスといえます。しかも、エンジンだけではありません。それ以外のほかのパーツなど、様々な領域で得た知見は、私たちが将来的に開発するロードカーに転用されることになります。これは極めて重要なことです」

 実は、コレッタが指揮するGTスポーティング・アクティビティという部署は、フェラーリのロードカーを生み出す研究開発部門に属しているとの話を聞いたことがある。いっぽうでF1チームのスクデリア・フェラーリは生産車部門と完全に切り離されている。その意味からいっても、WECの活動を通じて得た知識と経験は、フェラーリのロードカー開発に確実に生かされると見ていいだろう。

 前述のとおり、昨年ルマン24時間のトップカテゴリーに復帰したフェラーリは、初年度にルマン24時間をいきなり制覇。そして今年も優勝して2連覇を果たすなど、ルマンではバツグンの強さを発揮している。

 いっぽう、ルマン以外のWEC戦では今年の第6戦アメリカ大会での白星があるのみで、去る9月に開催されたWEC第7戦富士6時間でも予選では50号車の7位、決勝では同じく50号車の9位が最上位と振るわなかった。その理由はどこにあるのか? 公式予選が始まる直前、50号車を操るドライバーのミゲル・モリーナに訊ねた。

「僕たちの499Pは素晴らしいクルマで、ルマンやスパーフランコルシャンのような高速コースを得意としています。けれども、富士スピードウェイは正反対。とても厳しい戦いになるでしょう」

 ご存知のとおり、富士スピードウェイには全長1.5km近いホームストレートがあるので、決して低速コースなわけではない。ただし、低速コースが続くセクター3で好タイムを記録しない限り、上位に名を連ねることができないのが富士スピードウェイの特徴でもある。しかし、高速コースを得意とする499Pは富士の第3セクターで有効なダウンフォースを発生することができず、これが彼らの不振を招いたとされる。

WEC富士での迫力のスタート。手前がハイパーカー、後方がLMGTクラス。世界選手権のなかでも、パフォーマンスの異なる2つのカテゴリーが混走することで、予想もつかない展開を観ることができるのがWECならでは。

「結局のところ、どんなクルマにするかを決めなければいけないのです」とモリーナ。「そして誰もがルマンで勝ちたいと願っているし、ルマンなしにはこのチャンピオンシップも存続できない。だから、僕たちはルマン向きのマシンを作ったんだ。富士スピードウェイでマシンのセッティングに時間がかかるのは仕方がないことなんです」

 一部コースでの苦戦を承知していながら、それでもルマンで最高のパフォーマンスを発揮するために生まれたハイパーカー、499P。それはフェラーリの戦い方を象徴するマシンといえるだろう。

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