「糸島市」といわれて、その場所を地図上で正確に指し示すことができる人はそう多くないかもしれない。しかし、九州・福岡市と県境を接するこの街でいま、究極のものづくりを具現化したコーヒーマシンが研究・開発され、プロ・アマを問わず世界中のコーヒーマニアから熱い注目を集めている。

そのブランドの名前は「Weber Workshops」。スタンフォード大学でエンジニアリングを学び、その後入社したアップルで初代「iPod nano」をはじめとする、エポックメイキングなプロダクトを次々と開発してきたダグラス・ウェバー氏が立ち上げた。

「成長期のアップルで特にデザインエンジニアリングの要職を任されたのは、とてもラッキーなことでした」と振り返るウェバー氏。13年のアップル在職中も市販のコーヒーマシンを購入しては解体して研究を積み重ねたというほど、当の本人も生粋のコーヒーマニアだ。しかし、自身が描く理想のコーヒーマシンを製品化するには「独立する」しか選択肢はないと決意し、自身のブランドを立ち上げるにいたったのだという。

写真=Eric Micotto / エリック・ミコット

世界バリスタ王者も唸る実力

宇宙工学にも通ずる高度なエンジニアリングと、プロのバリスタも唸らせるほどコーヒーに注ぐものづくりの精神で当初より熱心なファンから支持されてきたが、2021年初頭、Weber Workshopsの事業を大転換する転機が訪れた。

元世界バリスタチャンピオンであり、コーヒーのコンサルタント/インフルエンサーとしても知られる、イギリス人のジェームズ・ホフマン氏がYouTube番組で、世界中のコーヒーグラインダーを総合評価し、その最終結果としてウェバー氏が手がけた「EG-1」を勝者としてアナウンスしたのだ。

「世界中にある、もっとも(値段が)高くて、品質の良いといわれているコーヒーグラインダーの対決をしたのですが、その結論として僕が作った『EG-1』が一番であると断言したのです。その日から2〜3日で抱えていた在庫がなくなるほど一気に売り上げが急速に伸びました。今現在は生産が間に合わないほどです」とウェバー氏。

またコロナ禍で“おうち時間”が増えるに従い、決して安価とはいえないウェバー製品の購入をこれまで決心できずにいたコーヒーファンたちも思い切って購入するようになっているという。

「コロナに入ってから、カフェに行けなくなったというのもあるし、一般の人でも家庭のキッチンとかコーヒー環境にものすごく力を入れるようになったことで、販売が一気に伸びました。アットホームの時間が飛躍的に多くなって、以前からコーヒーに興味のあった人がもっともっとコーヒーに対して凝り始めて、最終的に私たちのプロダクトに到達しているんだと思います」

新製品「HG-2」とは?

中東、アメリカを筆頭に順調な売り上げを伸ばすなか、当然のごとく新たな技術・製品開発も鋭意邁進するウェバー氏。その視線は次なる未来しか見据えていない。

「アイデアを出したり、コンセプトやデザインを詰めたりと、大体一つの商品を作るのに僕一人で8〜9割までを設計することはできます。ただその残りは細部までスペックを振ったりとか、部品メーカーとやりとりをしたりしながら図面を起こすので相当な時間を要します」とウェバー氏。「でも今では、自分が描いた設計図をさらに発展できるメンバーがいるので、ものすごい時間短縮が実現しています。そのため今では研究開発というクリエイティブ面のみならず、経営者としての側面にも注力しています」

そんな恵まれた環境のなか誕生した最新プロダクトの一つが、前述の定番製品、EG-1をバージョンアップした「HG-2」だ。

「EG-1が、設置スペースが必要以上に大きかったので、それを最小限に抑えるため改良し、37%ほどキッチンの占有面積を減らしています。その秘密はコーヒー豆をグラインドするハンドルを折り曲げられるようにしている点です」とウェバー氏。「また、クルマ好きな人には特に響くんですが、初めてハンドグラインダーに社内で開発した2速の変速のトランスミッションを付けています。これまでのモデルだと、旦那さんが使えても(非力な)奥さんが使えないとか、ライトローストや浅煎りの豆を挽こうとすると硬くて挽きづらいなどのフィードバックがありました。それに基づいて性能向上に努めた結果がこのトランスミッションなのです」

森に囲まれた500坪の土地ながら、90秒も歩けば白い砂浜にも出られるという理想的なロケーションにスタジオを移し、日々研究開発に邁進するウェバー氏。超がつくほどのトップエンドのコーヒ作りに革新をもたらす衝撃的プロダクトの数々が、これからもこの地から生まれていくのである。

右よりEG-1(オニキス)、ムーラン・ペッパーミル、HG-2

HG-2

これまでWeber Workshopsの定番だったコーヒーグラインダー「EG-1」を改良した最新プロダクト。折りたたみ可能なハンドグラインダーや2段変速のトランスミッションなど様々な新機能を搭載している。

EG-1

当初より定番プロダクトとして存在するコーヒーグラインダー。ダイアル式の目盛りによってミクロン単位でコーヒーの挽き目を制御できるだけでなく、豆が熱の影響を受けないようモーターの取り付け位置を創意工夫するなど画期的な特徴を備えている。1台36万円ながら、100台限定でオンラインショップに出したところ、1週間で完売したという逸話をもつ。

ムーラン・ペッパーミル

コーヒーグラインダーで開発した技術を援用し、CNC旋盤加工のステンレススチールで全体を構成した超ハイテクのペッパーミル。きめ細やかなパウダー状から、ステーキ用の粗挽きなど思いのままのサイズにホールの胡椒を挽くことができる。ミシュラン・シェフなどの著名料理人をはじめファンの多い商品。

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