Q_フォトグラファーというキャリアを選んだ理由は?

13歳か14歳の誕生日に両親がプレゼントしてくれたプラスチック製のカメラがすべての始まりです。そして15歳の時には「F1のフォトグラファーになりたい」と公言してました。当時の友だちはそれを聞くと「こいつ頭がおかしいんじゃないか?」っていう顔をしていましたが(笑)。以来、自分もF1の大ファンだった父が、家から一番近いブランズ・ハッチ・サーキットにクルマで連れて行ってくれるたびに、そこで一日中写真を撮って過ごしたんです。

Q_自動車やモーターレースを被写体のテーマに選んでいる1番の理由は?

ひと言でいえば、私自身のパッションですね。子どもの頃から部屋にはF1マシン、ポルシェ、グループCカーのポスターばかり貼っていました。ブランズ・ハッチやシルバーストーンなどのサーキットへ行くと、いつもそこが「居心地の良い場所」だと感じることができました。エキゾーストノートは興奮を掻き立ててくれても、それに恐れをなすことなど一度もありませんでしたし、スピードも同じです。ピュアで美しいレースカーという芸術とそれを操るドライバーたちに魅せられていたのです。

Q_自身の作品の中でもっとも気に入っている作品を3つ教えてください。

まず最初の写真は、2001年12月にバレンシアのサーキットで行われた、ミシュランのウェットテストからの一枚です。マクラーレンやジャガーが参加していました。冬だったので陽の光は抜群の美しさ、しかも太陽が空高く上がることはありません。

この写真を撮ったのはその日の最終ラップで、夕方6時くらいだったと思います。太陽が地平線に沈み始めたタイミングで、レースカーのちょうど背後になる高さまで下りてきて、スプレーで散らしたかのような光の球体のような様子になったのです。

写真を好きなように加工できるような時代になって、どれが本物でどれがフォトショップなのか見分けもつかないような時代ですが、このときは写真に写っているまんまの、目を疑うような美しい光景が目前に現れたのです。ドライバーは、エディ・アーバインです。

2枚目の写真は、1998年にホッケンハイムで開催されたドイツGPのミハエル・シューマッハです。ホッケンハイムは私の好きなサーキットです。スタジアムセクションと森の中を走るロングストレートで構成されていますが、森の中に入っていけるのは­——観客が入れるスポットもいくつかありますが——基本的にフォトグラファーのみです。森の木陰を通して見えるコース上を、陽の光を浴びたレースカーが超高速で駆け抜けていく風景は、見るものの心を強く揺さぶる迫力があります。

途中にあるシケインではその外側に陣取るか、それとも内側に陣取るかをレース前に決心しなくてはなりません。通常、良い写真が撮れるのは外側です。しかしこの日の私は——リスクであるのは承知しながら——シケインの内側に立つことに決めたのです。

しばらくするとシューマッハが乗ったフェラーリが故障のため目の前で停車したのです! 別の場所であれば、シューマッハはその現場を立ち去ってモーターホームに逃げ込むこともできますが、森の中のシケインではどこにも行くことができません。私は、獲物を狩るハンターのように森の中からシューマッハをカメラで狙い続けました。その最後の一枚がこの写真です。被写体がシューマッハでなくても美しいと思いますが、それがシューマッハであるという事実がこの写真をパーフェクトなものにしています。

そして最後の1枚は、2017年にバクで行われたアゼルバイジャンGPで撮ったルイス・ハミルトンの写真です。ハミルトンは間違いなく素晴らしいF1レーサーだと思いますし、彼のドライビングのファンです。しかしフォトグラファーに対して必ずしも“友好的”なドライバーではなく、撮影するのがとても難しい被写体です。なので良い写真を撮るには、普段以上の我慢強さと綿密な計画が不可欠です。

そしてこの日、テレビインタビューに向かう階段でハミルトンを待ち受けました。建物を照らす太陽の光は完璧です。しばらくするとハミルトンが出てきて階段を駆け上がったのです。階段の下には別の男性が一人いて、複数の被写体のシルエットがとても印象的な写真を撮ることができました。いわゆるレース写真とは趣の異なる一枚ですが、アメリカの偉大なストリート・フォトグラファーとして知られるソウル・ライターの作品を彷彿とさせるようで、とても気に入っているのです。

ヒース氏がマクラーレンF1チームに帯同して撮影した写真を集めた「McLaren The ART OF RACING」。サーキット、ピット、ドライバー、チームスタッフ、開発現場など前代未聞のアクセスを許されて撮影された写真はどれも圧巻。 写真=大泉綾平

Q_これまでの愛車遍歴は?

最初のクルマは、フォルクスワーゲン・ポロでした。ロンドン市内に引っ越してからはフィアット・パンダが普段の足として活躍しました。ロンドンの狭い道を行ったり来たりするのにパーフェクトなクルマでしたからね。そのあと貯金をして私にとってドリームカーともいえる、ポルシェ911(Type 993)を購入しました。数年前にイギリスからニュージーランドに引っ越してきましたが、このポルシェは今でも手元にあります。

従来のレース写真の概念を破り、アーティスティックで躍動感のあるカットでF1 を切り取ったパイオニア的存在。

Q_日本を訪れた時の印象を教えてください。

数え切れないほど日本を訪れていますが、ロンドン郊外で生まれ育った私のような人間にとっては——クリシェかもしれませんが——清潔で秩序立った国という印象です。人々は親切で、食事はどれも最高です。そしてなんといっても鈴鹿サーキットがあります。私の中で鈴鹿は、間違いなく世界最高のレースサーキットです。

ピットの様子もヒース氏が撮影するとまるでアートフォトのよう。F1はピットのフロアを汚れひとつにないように手で磨かくほど洗練を極めた世界でもある。

Q_コーヒー派? それとも紅茶派?

コーヒー派ですね。いつもブラックで飲みます。

マクラーレンの心臓部ともいえる開発現場にもアクセス。写真は、マクラーレン・テクノロジー・センターにあるウインドトンネル(風洞施設)。

Q_好きなホテルは?

新宿のパークハイアットです。部屋の大きな窓からドコモタワーや高速道路だけでなく、富士山すらも眺めることができます。改修前のホテルオークラも大好きでした。1960年代に作られたジェームス・ボンド映画のセットを歩いているようでしたね(笑)。

モナコのような公道サーキットでは、F1マシンの強烈なパワー、ノイズ、スピードを肌身で感じられる距離まで肉薄する。

Q_好きなミュージシャンは?

(オアシスの)ノエル、リアム・ギャラガー兄弟、REM、キングス・オブ・レオン、そしてニュージーランドの女性シンガーソングライター、ロード。ラップも好きで、スヌープ・ドッグやノトーリアスB.I.G.なども聴きます。

レースを走るマシンだけではなく、常にドライバーの状況を的確に把握し距離感を見極めて仕事に望むレースフォトグラファーたち。彼らもまた神経戦を繰り広げているのだ。

Q_最後に、ドライブしてみたい究極のロードトリップは

これまで幸運なことに世界中の国々を旅してきました。アメリカのルート66や南アフリカのサファリなども経験しましたが、今は、ニュージーランド南島を旅してみたいですね。人や自動車に遭遇することはほとんどなく、大自然の山々やフィヨルドが広がっています。

ダレン・ヒース

イギリス生まれ。通常のレース写真にはない芸術的でクリエティブな作品づくりで、数々の受賞歴をもつモータースポーツ専門フォトグラファー。F1をメインのテーマに世界各国で活躍している。現在はニュージーランド在住。

https://www.darrenheath.com

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