レーシングテクノロジーがアストンマーティンの遺伝子を拡張する
ルマン24時間レースのような耐久レースで活躍するプロトタイプのようなエアロ(空力)パーツをまとったボディでありながら、フロントマスクは、これまでのアストンマーティン車に共通するデザインアイデンティティが盛り込まれている。なんとも刺激的なデザインだ。
アストンマーティンというと、サーキットでも活躍するいっぽう、美しく、速く、そして快適なグランドツアラーというイメージが強かった。ジェイムズ・ボンドのような洒落男にぴったりなスポーツカーともいえる。
しかし、がらりとコンセプトが変わった、と驚かされたのがヴァルキリーだ。従来のように大排気量エンジンをフロントに搭載して後輪を駆動するロングノーズの、トラディショナルなプロポーションを持ったスポーツカーでなく、速く走ると言う機能を形態に落とし込み、それでいて洗練性を感じさせる。あたらしい世代なのだ。
冒頭で触れたカスタマーカーとは、ご想像のとおり、顧客に納品するクルマ。こんなクルマが本当に作れるのだろうか、と思ったヴァルキリーであるものの、ついに生産ラインで最初の1台が完成して、これから数週間かけて最後の整備を行い顧客のもとに送り出されるそうだ。
ヴァルキリーはレッドブルレーシング・アドバンストテクノロジーズが開発に関与していたモデル。「宇宙時代のエンジニアリング」とアストンマーティンが謳い上げてきたハイパースポーツカーだ。
F1の技術がふんだんに盛り込まれているのもセリングポイントで、シャシーは高剛性かつ軽量(かつ高価)な炭素樹脂。6.5リッターV型12気筒と電気モーターを組み合わせたプラグインハイブリッドシステムが、最新のリリースでは1155psとされる最高出力を生み出す。
北欧神話に由来するネーミング
「真に驚異的なクルマ、まさに公道を走る F1マシン」。アストンマーティン・ラゴンダのトビアス・ムアースCEOはそう定義する。ヴァルキリーとは、先刻ご承知の読者も多いと思うが、一般的にはワグナーのオペラなどで「ワルキューレ」として知られている。
北欧神話に出てくる、戦場で生きる者と死ぬ者を定める女性(およびその軍団)がワルキューレ。ワグナーは「ニーベルングの指環」の第2番目の作品として「ワルキューレ」を書いた。なかでも勇ましい「ワルキューレの騎行」はドライブ中に聴いても気分がアガる。ある意味、このハイパースポーツカーにぴったりなネーミングかもしれない。
アストンマーティンの車名としても、これから「V」は重要な意味を持つようだ。もっとも知られているのは、ボンドカー、DB5のように、中興の祖といえる企業人デイビッド・ブラウンの頭文字をとったDBである。
現在はDB11にまで”進化”しているこのシリーズの特徴は、2プラス2のGTであること。今後、(おそらく)並行して、よりピュアなスポーツモデルを開発するのが、アストンマーティン・ラゴンダの計画のようだ。
ここで採り上げたヴァルキリーとヴァルハラ、それに、新型ヴァンクイッシュも計画にある、と先のムアースCEOは、かつてオンラインでのインタビューで語っていた。
「これからのアストンマーティン・ラゴンダは、むやみに台数を増やすのでなく、多く販売するモデル(筆者注:SUVの「DBX」とか)と、稀少性の高い限定生産車とをラインナップに持ち、ブランドバリューを保っていこうと考えています」
アストンマーティンジャパンでマネージングディレクターを務める寺嶋 正一氏は、ヴァルキリーの弟分ともいえる4リッターV8のプラグインハイブリッドスポーツ、ヴァルハラを21年11月に東京で公開した際、上記のように説明してくれた。