朝食をわざわざ食べに行く。それこそ食いしん坊の楽しみだ
朝食は人生における一大事と思っているのは、私だけではないだろう。もちろん、忙しいので、朝食にかける手間暇が惜しい、というひとも少なくないはず。では、休日なら? 鎌倉「喜心 kamakura」は、すばらしい朝食を出してくれるお店なのだ。
2019年開店の「喜心 kamakura(きしん・かまくら)」は、鎌倉の名所である「銭洗弁財天」や、大仏で知られる「高徳院」ちかく。佐助の長谷隧道ぞいに建つ一軒家。白染めの暖簾が目印だ。土日限定で朝8時から朝食を提供している。


わざわざクルマででかける価値のあるこの朝食。「心のこもった料理のお手本は、お母さんの手料理」と、同店のホームページにある。実際は茶懐石を思わせるほど、一品一品がていねいに仕上げられていて、じつに楽しい。
とりわけ、ここの名物だと私が思っているのは、ご飯。注文が入ると、土鍋で炊く。「この味が好きなんです」とオーナーの池田さゆりさんが言う山形のつや姫は、たしかに、ほんのりした甘さがおいしい。お店の水加減も私の好みにどんぴしゃ。


さらに、香りゆたかな「煮えばな」と、最後には「おこげ」まで楽しませてくれる。土鍋だから味わえる。暗色の飯茶碗に湯気のたつ煮えばながきれいに装われたのを見て、私は、谷崎潤一郎作「陰影礼賛」のなかの「日本の料理は食うものでなくて見るものだ」という一節を思い出した。
「陰影礼賛」では漆器の美について谷崎は延々と説を展開するのだけれど、まあ、そこまでこだわらなくても、「喜心」のプレゼンテーションは美しいし、なにより、味がご飯好きにはたまらない。このご飯目当てに、クルマで東京から訪れるひとは多いそうだ。
朝食の献立は、「向付」「温かい前菜」「土鍋で炊いた白ご飯」「本日の汁物」「本日のお魚」「お漬物」で構成されている。厨房をあずかる店長の池田成樹さんは「料理の基本は、やさしさだと思っています」と言う。「とくに最初の一品で、それを感じていただけるよう心がけています」。

私が訪問したときの、最初の一品はカリフラワーを使ったすりながし。自家製コンソメの濃厚な味わいで、揚げ蓮根を箸で持ち上げると、下ごしらえされたトマト、カブ、ナス、ネギ、ゴボウが入っている。ひとつずつつまみ上げて、口中にほおりこんだときの香りと味はすばらしい。変化があっても、統一されている。
そのあと、三浦の卵を使い、上に美しく浜名湖の青のりを散らした茶碗蒸し、それから、青森から届いた真いわしの炭火焼き、そしてけんちん汁が運ばれた。写真のために、ここでは1カットに収めてしまったものの、本当は食べるひとのタイミングを見計らって、1品ずつ出される。
「魚はそのときによって、もっともおいしいと思う旬のものを選んでいます。サワラやサンマや、あるいはタイの幽庵焼きなんてことも。焼き魚の脂の香りが強すぎる、というお客さんのために、お皿の脇に大葉とニラで作ったピュレを添えています」




店長の池田成樹さんの手になる、大葉とニラのピュレはこれもたいへんみごとな出来映え。今回の青森の真いわしはとても品のいい(笑)もので、何もつけないほうが味わい深かかった。脂が乗っていると池田さんが言う大阪湾からの真いわしのときは、このピュレを合わせたら、新鮮な味が楽しめそうだ。
私は鎌倉に行くと、「山川域を異にすれども 風月天を同じゅうす」なる言葉を思い出す。いぜん、井上靖の「天平の甍(いらか)」で読んだ一節だ。昨今では、COVID19のとき日本の団体が中国に支援物資を送った際、同意の「山川異域 風月同天」などと梱包の箱に記したことで、ウェブで話題を呼んでいた。
小説では「共に来縁を結ばん」と続くものの、一般的には「離れていてもつながっている」などと解釈されている。切り通しや大仏をはじめ、鎌倉時代からの文化がいまもそこかしこに残るうえに、地理的にも山と海とがつながっているような鎌倉。だから私はそんな言葉を記憶のなかから拾い出すのだ。
ご飯のおいしさをじっくり堪能させてくれる「喜心 kamakura」だって、変わらぬ価値を大事にしている点で、いってみれば鎌倉的なお店だ。そこにでかけるために選んだBMW Z4 M40iも、鎌倉を味わうのによく合う1台だと私は思う。

魅力の第一点は、移動が楽しいこと。フィールのいい3リッター直列6気筒エンジンゆえ、南東京からなら1時間弱のドライブでも、密度が濃い、と感じられる。
アクセルペダルに載せた足にほんの少し力を込めたときの、エンジンの鋭い反応。太めのグリップを持つ小径ステアリングホイールを少しだけ切り込んだときの車体の動き。どれも一瞬で起きることで、その瞬間の連続が、Z4のドライブを特別なものと感じさせてくれる。
ごく短時間で開閉が出来る電動ソフトトップも大きな長所で、海が近い鎌倉ゆえ、134号線という海岸通りのドライブが出来、そのときは潮の香りをたっぷり嗅げるオープンに如くものはない。



かつて私がZ4の国際試乗会に参加したとき、ポルトガルのリゾートが選ばれていた。そこの海岸線が走行のためにBMWが選択したルート。大西洋を橫に見ながらのワインディングロードを走らせたときの気持ちよさが、鎌倉で私のなかによみがえった。
ウィンドシールドは比較的低くて、ちょっと目線を上げただけで前方の空が見える。これもロードスターでは大事な点だ。かといって、Z4はフルオープンでサイドウィンドウも下ろしてしまっていても、風の巻き込みは大きくない。よく出来ている。
オプションのハーマンカードンのインカーハイファイで、かける音楽はどんなものが合うだろう。私のとりあえずの選択は、デューク・エリントンがファン・ティゾールと作った「キャラバン」とか、グレートフルデッドの「ダークスター」のライブ版とか。
要するに、エンジンのビートを楽しむZ4には、グルーブがえんえんと続く曲がいいように思った。景色がどんどん変わっていく鎌倉とその周辺を走るとき、音楽はストリーミングでなく、意識的に選ぶのがよさそうだ。いろいろな楽しみがある場所にぴったりの、いろいろな楽しみをもつクルマである。

喜心(きしん)
鎌倉市佐助 1-12-9
定休日 木曜
Tel. 0467-37-8235
朝食 2750円(土日限定 9時〜14時30分)
ランチ 月火水金のみ(11時30分〜14時30分)
ディナー 要予約(18時〜22時)
https://www.kishin.world/
営業内容・時間については変更される可能性があるそうで、出かける時はホームページでチェックを