2021年秋に、カーオーディオのシェアでは世界で75パーセントを占めるというハーマンが、JBLやマークレビンソンといった傘下のブランドの最新の動向を知らせる記者発表会を、東京・京橋で開催した。車内で音楽を聴くのが好きなひとなら、興味ぶかく聞いてもらえそうな話が多く出たのである。
ハーマンは、1971年に「ベッカー」ブランドでカーオーディオの分野に参入しているので、この記事を書いている2021年でちょうど50周年と歴史は長い。
カーオーディオは自動車好きにとって重要なアクセサリー(装備)のため、いま、BOSE、バング&オルフセンや、バウアーズ&ウィルキンス、メリディアンなど、数かずの銘柄がしのぎをけずっている感がある。
私の原体験はまさにJBL。私が社会人になってシトロエンの中古(GS)を手に入れたとき、まっさきにやったのは、オレンジ色の四角いブランドプラックをつけた黒いJBLスピーカーをつけることだった。 当時のカーオーディオ用のスピーカーといえば、ホームオーディオの延長のような箱型。いまでは、10以上のスピーカーを車内あちこちに配置するのは、いってみれば”常識”で、どこから音が鳴っているか、わからないようにしながら、臨場感のあるサウンドを聴かせてくれる。三次元(3D)サウンドも高級車の世界では当たり前になってきている。変われば変わるもんだ、というかんじだ。
私が自分のオンボロ・シトロエンに嬉々としてJBLのスピーカーシステムを置いていたころは、”音”が鳴っていればよかった。それでも”いい音だなあ”と思ったもんだけれど。
進化した昨今のカーオーディオに接していて、私がおもしろいと思うのは、車内の静粛性が飛躍的に向上したぶん、音のニュアンスの再生が聴き取れるようになったこと。そのため、クルマごとにサウンド再生の個性が感じられるのだ。
私の経験からいうと、サウンドにものすごくこだわっているのは、米国の自動車メーカー。たとえばキャデラックのなかでも、比較的ユーザー年齢を若めに設定しているCT5のようなモデルでは、低音にこだわる。
クラブに行き慣れている世代という前提か、しっかりとドラムスとベースの低音を聴かせてくれる。しかもそのなかのニュアンスの表現にすぐれる。たんなるドンドンッという品のない再生音ではない。「テイムインパラ」を聴いてびっくりした。 おなじキャデラックでも、大型SUVである「エスカレード」の新型では、また異なる音世界が実現されている。CT5はBOSEだったのに対して、エスカレードはハーマンのなかでも高級ブランド「AKG」が装備されている。こちらは中高音の再生がまたすばらしい。声楽曲だと歌手ののどの震えまでが耳に伝わってくるようなのだ。
今回ここで採り上げるメイン車種は、21年8月に発売され、あまりの人気の高さで納車まで3年、なんていわれている新型「ランドクルーザー」だ。14スピーカーと12チャネルの「JBLプレミアムサウンドシステム」が組み込まれている。
「昨今はヘッドフォンをスマートメディアにつないで音楽を聴く傾向がありますが、やはりスピーカーを通して聴くときの楽しさを感じていただきたいです」
ハーマンインターナショナルのJBLオートモーティブ部門で、おもにトヨタ車を担当する片山大朗氏が、当日、実車の車内で解説してくれた。ガラスや天井やシートなど、音の反射率が違う素材で構成されている車内での音場を考慮しながら、最終的に、家庭用のスピーカーシステムと同様に、音源がひとつの音となって耳に届くように設計されているという。
ランドクルーザーには、圧縮音源復元のための「Clari-Fi(クラリファイ)」も搭載されている。どの楽器がどのへんで鳴っているか、奥行き感、いわゆる定位はこれまでスマートフォンが不得意だった。最近ではだいぶ改善されているものの、よりナチュラルな音場づくりを目指したのが「Clari-Fi」という。
はたして、片山氏に促されて、私はまず、ドライバ−ズシートでエリック・クラプトンの「ティアーズ・イン・ヘブン」を体験。ダイナミックな作りの曲ではないが、再生は繊細。ちょっと極端な表現をすれば、弦が弾かれ、ギターの胴が鳴り、フィンガーボードを指が滑る音もたいへんクリアに聞こえたのだ。
JBLオートモーティブ部門の片山氏はそのあと、私に、後席に移るよう指示した。その理由が興味ぶかい。「Loud & Clear(ラウドアンドクリア)」というJBLの音づくりのモットーと関係しているというのだ。
「JBLサウンドの要諦は、ライブ会場のようにフロントからいい音が聞こえてくるような設計です。その醍醐味は、音源との距離がある後席でも味わっていただけるのです」
ライブな雰囲気を重視した再生。カーオーディオにも企業理念が反映されているのが、私にはおもしろかった。じっさいに、音が正面から迫ってくるように聞こえる。
伝説的ジャムバンド、ザ・グレートフルデッドとともに、コンサート会場でスピーカーを積み上げての「ウォールオブサウンド」を開発したJBLのDNAのようなものが、ランドクルーザーにも反映されているように思えるなんて、なかなか嬉しくなってしまうではないか。
私は、ただし、デッドでなく、米国のミュージシャン、ラナ・デルレイの新譜「ブルーバニスターズ」から「アーケイディア」をかけてみた。高音から低音にいたるまで、美しい再生だ。 「わたしのからだはLAの地図よ」という歌い出しのこの歌。「私のからだのハイウェイや側道を、あなたの指がトヨタのようになぞる」って、いかにも彼女らしい、ちょっとエロチックな歌詞。
ラナ・デルレイは、自分の胸をシエラマドレ(ロサンジェルス近郊の丘陵地帯)にたとえているから、詞のトヨタはランドクルーザーをイメージしているかもしれない。歌詞もぴったりだ。
ランドクルーザーはもちろん家庭やライブ会場と違う。たんにフロントにスピーカーを積み上げているわけではない。音場が緻密に設計され、電子技術も活用されている。そのさい、フロントではAピラー、後席ではドアに埋め込まれたホーンツイーターが”いい仕事”をして、気持ちよく音楽を聴かせてくれているんだそうだ。
ドライブにはグッドミュージック。ハーマンによると、「音楽のない世界では生きていけますか」というアンケートを20年に実施したさい、約8割の米国人が「生きていけない」と答えたとか。車内で過ごす時間が長いひとは、とくに、納得いく結果だろう。