レザーが喜ばれる時代は終わった
本来、レザーのインテリアは機能重視の素材。耐候性が高く、汚れにくい、というレザーの性質ゆえ、たとえばライダースジャケットのように採用されてきた。なので、1960年代までの高級セダンでは、運転手が乗る前席のみレザー張りというのが普通だった。
ここ半世紀、レザーといえば高級車の証しのように扱われてきた。ただし、いまたとえば、ジャガー・ランドローバーでは、使うレザーのトレーサビリティを確保し、”正しく”育てられた牛から”正しい”方法で加工されたレザーを使うことの重要性を強調するようになった。
クルマのシートに使うレザーは、バイカーが纏うジャケットよりさらに念入りに加工されている。日光による褪色を防ぎ、体重の重い乗員の体でこすれてもシワが寄ったり、過度に擦れたりしないよう、合成樹脂のコーティングをしたり、と複雑な工程を経て作られる。くわえて、”正しい”製法へのこだわりが重要視されるようになっている。
「もうレザーが喜ばれる時代は終わっているんですよ」。そう語ってくれたのは、ジャガー・ランドローバーのデザインディレクターを務めるジェリー・マッガバーン氏だ。
聞けば、ランドローバーのインテリアデザイナーのなかには米国出身のビーガンの女性がいて、彼女がレザーからの脱却を強く推し進めているということだった。
実際、ランドローバーでは、デンマークのテキスタイルメーカー「クバドラ」社とともに、ウールを使ったシート地も採用している。「家具やファッションなどの動向をみていると、デザイナーとしても、レザーにこだわる理由はないと思います」というマッガバーン氏の発言は得心のいくものだ。
EVと歩を一に進んでいく
レザーフリーについて、最新の動きは、EVと歩を一にしているとも言え、各社とも、ピュアEVのレザーフリー化を進めている感がある。たとえば、アウディのピュア電動スポーツセダン「e-tron GT」では、ペットボトルをリサイクルして作ったヤーン(糸)で織った「カスケード」をシートに使う「レザーフリーパッケージ」がオプションで用意されている。
ボルボでは、日本での発売も近々予定されているピュアEVの新型車「C40 Recharge」でやはりレザーフリーの内装材「ノルディコ」を採用。
米国フォードではピュアEV「マスタング・マックE」やSUV「エクスプローラー」をはじめとする各モデルで「アクティブX」なるレザーの代替素材を使う。
セレブリティたちがレザーフリーを後押しする現代
メルセデス・ベンツも同様。後押ししたのは、メルセデスチームでF1レースを戦い、トータルで7回も世界チャンピオンになっているルイス・ハミルトンというのが興味ぶかい。ビーガンになったハミルトンが、量産車のレザーフリー化を強力にプッシュしてきたそうだ。
完全レザーフリー化の先鋒は、テスラだった。こちらも、株主からレザーフリー化を強く迫られた結果だとか。外部の圧力がクルマを変える時代になってきたのだ。テスラの方向は、ウールとか植物繊維でなく、フェイクレザー。
私の体験では、「モデル3」で試したときは、しっとりした感触で思わず「上質なレザーですね」などと言ってしまったことがある。そのとき、これはフェイクなんですよ、と指摘された。それでビックリ。
「動物製品を含むこれらの素材の需要を減らすことに貢献し、動物被害をなくすためにできること」を行うと発表したのはボルボカーズ。テスラが米国のPETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)からの要求への答えとして合皮を開発したように、レザーフリーは、動物福祉の観点から重要な課題としているのだ。
もうひとつ、レザーフリーには理由がある。上記ボルボカーズでは、「人間活動による世界の温室効果ガス排出量の約14%を家畜が占めていると言われており、その大部分は畜産によるものです」と、レザー廃止の理由を語る。
クルマ1台には牛3頭ぶんぐらいのレザーが使われる。べつの見方をすれば、レザーのインテリアのためにはそれだけの数の牛が必要になる。その牛がゲップでメタンガスを中心とした温室効果ガスをたっぷり排出したとすると……。こちらも、看過できない問題だ。
世界的な牛肉の需要の高まりを背景に、森林を伐採して牧場を作ることで、CO2を吸収して炭水化物として固定する光合成を行う植物が減ってしまう。ここにも、できれば早急に解決してほしい課題がある。
「レザーでなくてもラグジュアリーは成立する」。そういうのは、レザーフリーを推し進めているファッションデザイナー、ステラ・マッカトニー。アウディは彼女と組んでレザーフリー内装のプロトタイプを手がけたこともある。
さきに触れた「アウディe-tron GT」のリサイクル素材「カスケード」を使った内装は「レザーフリーパッケージ」という30万円のオプション。しかも、マトリックスLEDライトやバング&オルフセンのプレミアムサウンドシステムなどからなる「テクノロジーパッケージ」(67万円)と同時選択する必要がある。
レザーフリーは、現代ではレザーに変わる新しいラグジュアリーという打ち出しをせざるを得ないのかもしれない。でも、きっと近いうちに、普及すれば大量生産効果で、価格も下がり、クルマにとって当たり前のこととして定着するはずだ。