ここ数年、世界の自動車メーカーの電気自動車(EV)へのシフトが本格的になってきた。気候変動問題解決のためにもEV開発が急務となっており、2022年までに世界で発表が予測されるモデル数は、何と500もあるという(ブルームバーグNew Energy Financeによる)。
だが、注目は高くとも、実際のドライバーたちのEVへの乗り換えはそう単純にはいかなさそうだ。現在、アメリカで購入される新車のうちEVが占める割合は2%以下。EVを躊躇する理由として挙げられるのは、価格の高さ、モデルが多様でないこと、長距離走行時のチャージングへの不安などである。
こうした問題を戦略的に取り除いてきたのがテスラだ。価格の高さ、モデルの少なさは、新しい物好きの富裕層に的を絞ることで、最先端機能を満載したカッコいいテスラを所有することが現代のステータスシンボルになるよう仕立て上げた。これ自体、言うほどに簡単なことではないが、その成功の裏には早くから取り組んだチャージングステーションのインフラづくりがある。
テスラが超高級モデルのロードスターを発売したのは2008年。その後、2012年にはモデルSセダンを発売して、より多くのドライバー獲得に乗り出した。同社が高速チャージが可能なスーパーチャージャーのネットワーク構築に着手したのも、同年だ。チャージングステーションは東西海岸の6か所から始まったが、モデルSの発表当初は、オーナーが無制限に無料チャージできるというアメニティーもつけて購入のインセンティブにした。
注目すべきは、当時売れていたテスラは数千台に過ぎなかったことだ。つまり、テスラはチャージングステーションのインフラ構築をEV開発と同時に、いや、車の販売にも先んじて進めてきたのだ。現在EV化に取り組む他の自動車メーカーには、この重要性がわかっていないと指摘される。
どこをドライブしてもガソリンステーションが簡単に見つかることに慣れたアメリカのドライバーにとって、フルチャージで300キロ以上走行できるとしても、出先で電池切れしてしまうかもしれないEVは面倒でしかない。そこでテスラは、最初のチャージングステーションを東海岸のボストンとワシントン間、西海岸のサンフランシスコとロサンゼルス間に戦略的に配置することで、長距離走行にドライバーを誘って懸念の雲を晴らしたのだ。
現在まで、テスラが北米に設置したチャージングステーション数は1100カ所以上。各ステーションには平均9つのチャージャーがあるとされる。他メーカーのEVが利用できるステーション数は、この数にはとうてい及ばない。当然、テスラはモデルとソフトウェアのアップデートごとに走行距離を延ばしてきたが、ステーションの配置もドライバーがどこにいてどこを走るかのデータに基づいて行ってきた。EVが生み出すデータを現実的な戦略のロードマップに活かしてきたのである。
チャージングの場所を探すストレスを軽減するための工夫も見られる。運転中のドライバーはスクリーンの地図上に近くのステーションを表示することができ、また長距離旅行を計画中ならば、テスラのサイトから出発地と目的地を入力して、ステーション経由するルートを確認できる。アメリカ大陸横断も、もちろん可能だ。
これとは別に、「デスティネーションチャージング」もある。デスティネーションとは行き先のことだが、大抵は皆が行きたい夢のような場所を意味する。テスラは、高級ホテルやレストラン、ショッピングモールなどと提携し、そこで宿泊中やショッピング中などにチャージできるネットワークを全米に築いている。例えばカリフォルニア州では、風光明媚な海岸沿いにデスティネーションチャージングが多く設けられている。楽しみのためのEVツーリズムというこれまでにないライフスタイルをアピールするのも、テスラらしいところだろう。
折しも、大規模な環境政策を打ち出しているバイデン政権は、今後5年間で50万個のEVチャージャーの設置を推進する。これがEV普及への追い風になることは明白だが、10年近く前から独自のインフラを築いてきたテスラは国のずっと先を走っていたと言えるのだ。