"小江戸の老舗を訪れる"
正上醤油店
小野川沿いにあって、軒を大きくせり出した堂々たる店屋敷は1832(天保3)年に建てられたという。舟の荷揚場である「だし」を目の前に持ち、かつての隆盛を偲ばせる「正上醤油店」である。そもそも、千葉は野田、銚子に大手醤油メーカーを擁することから、全国醤油生産量35%を生産している。が、なぜ千葉なのか?
醤油を生産するには大豆と小麦が大量に必要であることから、肥沃な大地が必要だ。また、生産された醤油を江戸に送るという観点から、江戸からさほど遠くないロケーションで、川や海を使った水運が発達している必要がある……という地の利に恵まれたのが房州、現在の千葉だったというわけだ。
かつて多くの醤油を江戸へ送りだしていた「正上醤油店」だが、現在は佃煮や「いかだ焼き」と呼ばれるワカサギを甘辛く煮た串ものが人気。しっかりと濃い味付けに酒やごはんが進む、進む。
千葉県香取市イ3406 Tel. 0478-54-1642
油茂製油
佐原に暮らしていた伊能忠敬は日記や旅行記など古文書を多く遺したことでも知られているが、その中で「油四(あぶし)」という名前で登場するのが、現在の「油茂製油」。現存する日本最古の油屋である。
江戸初期だったという創業当初は灯明用の菜種油を商っていたが、天ぷらが一般的になった江戸中期から現在は食用のごま油にシフト。原料の白ごまの焙煎から、常温で水圧による搾油、和紙でのろ過に至るまで、工程はすべて手作業で、伝統的な製法にのっとって生産されている。その味わいは機械で圧搾されたものに比してまろやか。えぐみがないのが特長だ。
現在の建物は明治25年の大火で焼失後に再建されたものだが、2階への急こう配の階段や格子などに当時の商家としての佇まいがうかがえる。運がよければ現当主のお母さまである並木恵美子さん(90歳)の昔語りが聞けるかもしれない。
千葉県香取市イ3398 Tel. 0478-54-3438
馬場本店酒造
かつて江戸中期の佐原には35軒もの造り酒屋が点在していたのだとか。全国一の酒どころである灘(兵庫県)に対し、「関東灘」の異名を持っていた佐原には「佐原名物、お酒に醤油、味醂に奈良漬島の瓜」と唄う名物歌も残っているほど。ただ、現在も残っているのは2軒だけ。そのうち、レンガ造りの煙突が街のランドマークともなっているのが「馬場本店酒造」だ。
ここで日本酒と並んで人気なのが「最上白味醂」。精白度の高いもち米を使用した白味醂は江戸時代の贅沢品で、夏には暑気払いのため大いに好まれた。味醂と焼酎を半々に混ぜたものを関西では「柳陰(やなぎかげ)」、関東では「本直し」と呼び、冷用酒として愛飲していたそうだが、これすなわちジャパニーズカクテルの始祖ではないか。かつての賑わいに思いを馳せつつ、冷たい本直しをグビリ。ほのかな甘みと米の香り……いい感じだ。
千葉県香取市佐原イ614₋1 Tel.0478-52-2227
佐原イノベーション
昔からの家業を大切に守る気風の佐原商家町にあっても、新しきを興すイノベーターは多く生まれている。古民家をレストランに転用する人、伝統の和菓子を現代風のスイーツへ進化させる人、都会とのダブルワークでカフェの夢をかなえる人……新旧が絶妙なバランスを保ちながら同居するのが佐原の面白いところだ。
なかでも、1657(明暦3)年創業の「虎屋菓子舗」は店を全面リニューアルし、30種あった商品を5種類にしぼって展開。店に残されていた資料を整理していたところ、偶然に発見されたという生地を虎のシマ模様に焼き上げる「とらやき」をパフェに仕立てる「TORA3°」が好評を博している。
加瀬農園
東京のベッドタウンと思われがちな千葉県だが、実は農作物の生産量は全国で3位という有数の農業県でもある。その千葉県香取市で、有機農法の黎明期からオーガニック野菜を栽培しているのが「加瀬農園」。農園主の加瀬嘉男さんは東京のレストランやカフェにも卸す上質な野菜の作り手として著名な人物でもある。
彼が作るオーガニック野菜のなかで、特筆すべきはまずニンジン。畑から掘り出したばかりのニンジンを丸かじりにすると、柿をかじったかのようなほのかな甘みと香気が漂った。ニンジン嫌いな人にもぜひ試してみてほしい逸品である。
「ちょっと草を取ってみる?」と声をかけられ、畑の畝に足を踏み入れてみる。2週間ほど前に蒔いたというニンジンの新芽の横に雑草がチョロチョロ。「根を残さないで抜いてね、ニンジンと間違えちゃダメよ」という加瀬さんのアドバイスに従い、慎重に引っ張ってみると……指先にズボリという感覚を残して雑草が気持ちよく抜けた。これはハマる楽しさだ。「土がいいからキレイに抜ける。都会の人はこれでストレス解消できるみたいよ」。
25年に渡って有機農法を続けてきた加瀬農園の土はふわりと柔らかくキメが細かい。ここからあのみずみずしく、フルーティな味わいのニンジンや紅芯大根が生まれてくるのか——そう考えると大地が愛おしくなり、いつまでも触っていたくなった。
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