廃船の鉄を再利用したワイナリー
スペイン・バルセロナから北へ向かって1.5時間ほど走ると、同じくカタルーニャ州にある小さな町、オロットに到着する。ここをベースに長年活動し、2017 年には“建築界のノーベル賞”とも称されるプリツカー賞を受賞したのが「RCR アーキテクツ」だ。
創設メンバーであるラファエル・アランダ、カルマ・ピジェム、ラモン・ビラルタら3人の名前のイニシャルから名付けられた小さな建築スタジオで、日本の伝統文化、マテリアルから強くインスパイアされた彼らの世界観は、周囲の世界と有機的に溶け合う建築の創造を前提としている。
「自然との関係性を理解することによって、この世界における人や建築の役割が自ずと分かるようになるのです」とラモン・ビラルタ氏。
そんなRCRの哲学を体感できる代表的建築作品の一つが「ベルロック・ワイナリー」だ。田園地帯の奥深くにあるこのワイナリーのセラーには、大胆でコンセプチュアルなアプローチが用いられている。特に、第二次世界大戦時代の船体に使用されていた鋼板を再利用し構造体を構成する「セラー・ブルガゴル」は、文字通り地中に広がるワインの一大ギャラリーとも言える空間だ。
照明はほとんどなく、外光も天井にところどころ入ったスリットから神秘的に光が差し込むだけの暗闇濃い地下の世界。目を凝らすと無数のワインボトルが壁面に並んでいることに気づく。迷路のように入り組んだ通路を進むと、静寂に満たされた神秘的とも言えるワインのテイスティング空間が現れるといった具合だ。
醸造施設なども内包するこの巨大複合施設は、いたるところで太陽の光、風、また天候によっては雨などの“自然”が自ずと空間に入り込み、一見すると外界から切り離された地下空間のようであっても、実は周囲とのつながりがしっかりと感じられるのが特徴だ。そして一番の驚きは、極めてモダンな意匠にも関わらず、同じ敷地に建つ 12 世紀に建てられた農家の母屋やその周辺に広がるブドウ畑と美しいハーモニーを実現している点にある。まさに RCR の真骨頂とも言うべき作品だろう。
30年以上にわたるこれまでの経歴の中でさまざまな建築物を手がけているが、陸上競技用のトラックというユニークな作品もある。「トソル・バジル陸上競技場」がそれで、トラックの内部や周囲にかつてからあった樫の木をそのまま保存している。ギリシアで初めて行われたオリンピックの精神を継承し、スポーツと自然の融合を意図したという。受付や更衣室のあるパビリオンには、ベルロック同様、RCRのシグニチャーともいえる鉄の廃材が使用されており、緑あふれる周囲の風景に一層溶け込むデザインとなっている。