「会社を辞めよう」と腹落ちしたベトナムの日常風景
−テレビ朝日を退局してフリーになられたのは、ベトナム旅行がきっかけとお聞きしました。
たまたま夏休みで旅行したのですが、すごく腑に落ちた瞬間があったんですね。大人が皆んなで地べたに座って楽しくおしゃべりしたり、店番をしながら昼寝している店員さんがいたりとか、ベトナムって独特の雰囲気じゃないですか。のんびりしているというか自由というか。私もそれまで10年間忙しく働いてきたので、どこかでギアチェンジしたいなというのはうっすら考えていたんですが、そのベトナムの空気感に身を置いた時に「あっ、会社辞めよう」って決めました。そこで、どうにでもなるというか、「何とかなるよ!」って言われた気がしましたね。
−不安はなかったですか?
もうすっかり腹落ちしていたので、不安はまったくなかったですね。あとは、(退社の)準備を粛々と進めるだけというか。色々な方に順番にお伝えしていって、そのあとは新しく始まる生活がとにかく楽しみでしょうがなかったです。
−2019年にフリーになられて、今年で6年目を迎えられました。
「フリーになって何が良かったですか?」とよく聞かれるのですが、もう全部良かったです(笑)。もちろん、ある程度、管理された方がやりやすい方もいらっしゃるとは思うのですが、私はその逆で仕事も遊びもすべて一人で決められるというのがとても心地よくて。自分でも会社員をよくやっていたなとは思いますけど、でも会社勤めをしたからこそ分かることもたくさんありましたし、テレビ朝日に就職できて、先輩方に色々教えていただいたのは本当に大きな財産だと思っています。最初からフリーでやっていたら、とてもじゃないけど出来ないような仕事もやらせていただいてますしね。
−少し話が脱線しますが、テレビプロデューサーの佐久間宣行さんのYouTubeに元テレビ東京の松丸友紀さんが出ていらっしゃって、「嫉妬するアナウンサーは?」というテーマで、宇賀さんがランクインされたのをご存知ですか?(注:1)
友達から「宇賀ちゃんのことも言ってたよ」って聞いて拝見しました。ランキングに入っている他のアナウンサーって、皆さん帯番組をやられたり目立っている方も多くて、それに比べると私はそんなに沢山の番組に出演していたわけではないので……。だから、働き方やライフスタイル、古巣との付き合い方の部分で評価していただいて、それが同業者の方にも伝わっているんだというのがすごく嬉しかったですね。
−退社されたその月から冠番組がスタートするというのは、極めて異例なことのようですね。
私も何故だかいまだによく分からないんですよね(笑)辞める半年以上前から、周りの人にはご報告したのですが、みなさん応援して下さいました。なかには「事務所に入った方がいいんじゃない?」とアドバイスを頂いたりもしたのですが、「いや、どうしても自分一人でやってみたいです。」と説明したら、それも理解して頂けました。辞めた後に(それまで出演していた)池上さんの番組(「池上彰のニュースそうだったのか」)を続けられるとは思っていなかったのですが、お声掛けいただいて、それに自分の番組(注:2)まで持てたんです。これは一体どういうご褒美なんだろうって(笑)。でも、それこそ若い時から夜の『徹子の部屋』みたいな番組を、お酒を飲みながらやりたいっていう話はしていて、仲の良いプロデューサーさんが「宇賀が会社を辞めるんなら」って改めて企画書を書いてくれたんですよね。
−それも、まず半年間はオファーがあっても他局には出ないと信義を通したり、他局で新番組が始まれば必ず古巣にご報告に行ったりという、宇賀さんのお人柄があってこそでは?
いえいえ、それはどうですかね(笑)ただ、現場のスタッフとの仲はすごく良いと思います。私はどうせ一緒に仕事するなら、友達になったほうがいいと考えているんですね。例えば、先日「土曜はナニする!?」の沖縄ロケがあったんですけど、みんなで前乗りして一日レンタカー借りて出掛けたり、バーベキューしたりと自ら率先して楽しむようにしています。そうやってスタッフ間の仲が深まれば、何かトラブルがあった時にもみんなで助け合えるじゃないですか。他にもラジオのスタッフとはよく地方ロケに行ったりと、もう家族みたいな関係ですね。古巣との付き合い方だって、もちろん仕事が欲しいからとかではなくて、スタッフや共演者、上司や同僚に本当によくしてもらって、みんなのことが好きだったからこそ説明しただけというか、たくさんコミニケーションを重ねてきた結果、自然とそうなったんだと思いますね。
−そう考えると、あえて事務所に所属せず、完全にフリーランスとしてやって行くという選択が賢明だったんですね。
人を介さずに直接やり取りした方が相手のこともよくわかりますし、きっと絆だって深まりますよね。それでうまくいかなければ私のお仕事がなくなるだけですし。誰かが間に入ると、それだけ時間やお金もかかりますし、何より損が多いような気がします。
−損というのは?
誰かを介しても、結局は私に最終確認するわけじゃないですか? だったら直接やり取りした方がスムーズだよねって。人が増えると時間的なロスも多いし、言葉のニュアンスも変わってしまうので。経理関係も今は便利なソフトもたくさんありますし、全然苦ではないですね。「さすがにギャラ交渉は大変でしょう?」と聞かれることも多いのですが、自分の価値というか報酬がいくらか知っておくというのは、とても大切なことだと思います。
宇宙から俯瞰して見れば、すべてが愛おしく感じる
−著書(『じゆうがたび』幻冬舎刊)では、苦手な人との付き合いにも触れていらっしゃいました。そうしたバランス感覚はどうやって養われましたか?
中学生くらいまでは、お互い精神的にも未熟だし、友達とも色々ありましたよ。ただ、相手のことは変えられないので、自分の考え方やアクションを変えなければと「自分改革」して上手くいくようになったのが、高校生とか大学生の頃ですかね。それからは本当に嫌な気持ちになることがなくなったというか、気にもならなくなりましたね。
私がよく言うのは、宇宙からの視点で地球を俯瞰して見ると、生きとし生けるものすべてが愛おしくなるってことです。そういう視点を持てば、人間も鳩やアリと一緒でみんな一生懸命生きているから、そこに個体差は関係ないというか。このアリは好きだけどこっちは嫌いなんて考えないじゃないですか? 苦手だと思っていても、わざわざ自分から嫌いになるようなこともしないというか「みんな一生懸命生きているんだからよくない?」って。
−ギャルマインドというか達観していますね。先ほど「自分改革」というお話が出てきましたが、著書にも書かれていた「ヒロイン思考」について教えていただけますか?
これは私が小学生の頃に編み出した思考法です。自分の好きな漫画やアニメの主人公って、前向きで明るくて周りからもすごく愛されていて、本当はそんなヒロインに憧れていたんですけど、当時の自分は違いました。だから、「こういう場面で『天使なんかじゃない』の翠ちゃんなら何て言うんだろう?」とか、「『姫ちゃんのリボン』の姫ちゃんなら、どう動くかな?」って考えて、ヒロインになりきって真似していく。それを繰り返して自分自身を少しづつ変えていったんです。
それこそ昔は「誰かが自分の悪口を言ってるんじゃないか」とか「今の言動で嫌われたんじゃないか?」ってすごく気にしていたんですね。もう今となっては、そんな気持ちに支配されていたこともすっかり忘れちゃったんですけど(笑)そういう自分がすごく嫌いでした。でも、気にしても気にしなくても状況は変わらないというのを理解しました。あとは、まず自分一人で楽しむことができなければみんなとも楽しめないとか、色々な本を読んだりして発想自体を変えていきましたね。そうやって「いかに日々の悩みがちっぽけなことか」って分かるようになると、学校や教室という小さな世界から脱却するという意識になれたんです。そのうち無駄なことでいちいち傷つかなくなったし、余計なことが気にならなくなって、自分でもどんどん変わっていったのが分かりました。最初から余計な心配をするんじゃなくて、何か起きてから対処すればいいじゃんって“現場主義”になりましたね(笑)
−ただ、アナウンサーという職業柄、ときにはSNS等での反応が気になったりはしませんでしたか?
今はゲスト出演した番組などで「変なこと言ってなかったかな?」とごく稀にチェック程度でエゴサすることもありますが、基本的にはネットニュース含めてほとんど見ないですね。私感ですが、SNSというものがお茶の間になっている気がします。例えば、子供の頃に家族でテレビを見ながら「面白くなかった」とか「あの人は可愛くない」とか好き勝手言っていたようなものですよね。書き込んでいる本人も相手を傷つけようというよりは、誰かに同意を求めているだけというか、そこに何か強い意思があるわけじゃないから、書き込んだ本人もすぐに忘れてしまう。それをわざわざ自分から見にいって、心を引っ張られたり乱される必要は全くないと思いますよ。
ヘミングウェイの『移動祝祭日』を地でいく、大人の夏休み
−以前、フリーランスに正解はないからその答えは自分で見つけるしかないとおっしゃっていましたが、何か答えは見つかりましたか?
今は本当に仕事と遊びの境目もないし、毎日が夏休みみたいな気分なんですね。仕事も本当に好きな仕事しかしてないですし、時間の使い方や移動の手段も含めて、すべて自分で選び取るという感覚です。学生の頃は大人になったら夏休みなんてもうないだろうなと思っていたのですが、大人になってからの方が自分の裁量で決められることも増えるし、自由度も増して知識だって豊富だから、もっと楽しい夏休みが増えた感じがしますね。ふと思い立って湘南にドライブに行ったり、やるべきことをやっていればいくらでも自由になれるというか、それこそ、(アーネスト)ヘミングウェイの『移動祝祭日』(注:3)じゃないですけど、自分のやり方次第で毎日を祝祭日に変えられますから。
−最後にクルマのお話をもう少し聞かせて下さい。クルマを運転する行為とか空間というのは、宇賀さんにとってどういったものですか?
自由への第一歩ですかね。18歳で免許をとってクルマに乗るようになってからすごく行動範囲が広がりました。もともと早く大人になりたかったし、もっと自由になりたいと考えていたので、クルマに乗ることがその第一歩になりました。
−この先、モビリティというものはどうなると思いますか? また、自身のモビリティスタイルをどうしていきたいとお考えですか?
会社員のときはクルマ通勤を禁じられていたので、今ようやく日常的に使えるようになった気はしますね。ただ、「目的地に駐車場あるかな」とか、「停める場所が狭くないかな」と色々考えないといけないことも多いので、「よし乗るぞ!」って意気込まなくても、もっと自然に乗れるような感じが理想ですかね。ただ、多くの人にとって、都心の場合、金銭的にもスペース的にもなかなか自家用車を所有するのって大変じゃないですか。だからもう少し皆さんにとってクルマが身近な存在になったらいいのになとは思いますね。
今日のプレイリストもそうですけど、昔の曲って歌詞の中にドライブのシーンがよく出てきたりするじゃないですか。他にも、海辺で砂浜に文字を書くとか(笑)、海風がどうとか。いい意味で生活に余白というか、ゆとりがあったような気がするのですが、そういった「おおらかさ」みたいなものが現代では失われているように思いますね。スマホ一つですべて完結できる時代ですが、クルマで走っていてトンネルを抜けるとパーっと景色が広がる瞬間とか、山道の木漏れ日の間を気持ちよく走っていくような経験って、リアルじゃないと絶対にできないですよね。それを経験できないのはすごく勿体無いなぁとは思いますし、クルマを通して多くの人に感じてほしいですね。
記事注釈
(注:1)『佐久間宣行のNOBROCK TV』で、松丸友紀さんが「嫉妬したアナウンサーベスト7」を選ぶ企画。選者である松丸さんは「(テレビ朝日で)愛されていたのがわかる」、「フリーになってより一層輝いた」と、宇賀さんを第3位に選出。佐久間さんも「辞めてからの古巣との付き合い方と盤石さでは1番」とコメントした。
(注:2)『川柳居酒屋なつみ』(2019年4月〜2021年9月放送)。居酒屋の女将に扮した宇賀さんが、常連客やゲストと共に、お酒を飲みながら進行するトーク番組。
(注:3)当時60歳になった文豪アーネスト・ヘミングウェイが、パリで過ごした20代の日々を回想したエッセイ。修行時代でお金がないと嘆きながらも、有り余る時間で読書に勤しみ、お酒や競馬を楽しんだ青春時代が記されている。
宇賀なつみ(うがなつみ)
1986年東京都練馬区生まれ。
2009年立教大学社会学部を卒業し、テレビ朝日入社。入社当日に「報道ステーション」気象キャスターとしてデビューを果たす。同番組スポーツキャスターとして、トップアスリートへのインタビューやスポーツ中継等を務めた後、「グッド!モーニング」「羽鳥慎一モーニングショー」「池上彰のニュースそうだったのか」等、情報・バラエティ番組を幅広く担当。2019年に同局を退社し、フリーランスに。現在は、「土曜はナニする!?」(関西テレビ)、『SUNDAY’S POST』(TOKYO FM)のレギュラー出演に加え、『わたしに旅をさせよ』(『&TRAVEL』朝日新聞デジタル)、『Food topics』(『an・an』マガジンハウス)のエッセイ執筆など、多岐に渡って活躍中。
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