ボンドカーへの憧れから始まったBMWとの付き合い。
1975年型の古いクーペはデザインの美しさに一目ぼれ

山本

まずは、このクルマの話をお聞きかせください。

沖野

BMW3.0CS、1975年のUSエディションです。アメリカ向けに輸出されたクルマで、ウインカーで点滅するライトのサイズと形が違うと思います。15年前に入手しました。

山本

ずっと、BMWの古いクーペを探していたのですか?

沖野

子供のときからポルシェのファンで、じつはポルシェ993を探していたんです。ただ、そのとき京都ではポルシェ993が見つからなくて。この3.0CSの前に乗っていたZ3でBMWに感情移入して、やっぱり古いBMWもいいってわかってくるじゃないですか。そんななか見つけたのが、この3.0CS。もちろんBMW 2002は知っていたんですけど、3.0CSは全然チェックしていなくて。それがもう、デザインの美しさに一目ぼれして即決しました。

山本

そもそも最初に買ったクルマは?

沖野

大学を卒業した頃に買ったホンダのシビックです。88年か89年のグランドシビックかな。シティやインテグラと、ホンダのデザインが割と統一されていた時代です。じつは、そのときはゴルフに乗りたかったんですよ、友達がカルマンギアに乗っていたので。

山本

当時はカルマンギアとかボルボアマゾンとか男子が乗りたい旧車がありましたよね。私は、最初に買ったクルマはVWビートルでした。

沖野

友達から旧車はまだ早いと言われて、シビックを新車で買いました。シビックの次はミニですね。松田優作が好きで、ちょっと真似しちゃいました。ローバー最終モデルだから、古いデザインの最後。それにしばらく乗っていたときに、ボンドカーに乗りたくてBMW のZ8を見に行ったんです。値段が1500万円とか言われて、さすがに無理となって。でも、実はZ3がボンドカーだと聞いて、これまでのBMWのイメージとぜんぜん違って、いいじゃんと思って。それで、ミニとZ3の2台持ちに。

山本

私は、ビートルの次がユーノスロードスター。ずっとMGBに乗りたくてずっと探していたときに、マツダがオープンカーを出すとなって、即予約しました。その何年か後に、1965年型マスタングを個人輸入して、また旧車に戻るという。

沖野

愚かな男性のロマンですね。僕はポルシェ993も持っていましたが、コロナ禍に手放して、今はBMW3.0CSの1台だけです。多いときは、新型ビートルのスポンサードも受けていたので4台乗っていたこともあります。本当は7台持って、月水木金土日、毎日違うクルマ乗ってみたかったんですよね。

山本

旧車に乗ることを、奥さまは許してくれているんですか?

沖野

全然許してくれていないです。結構トラブルがありまして、もういい加減にしてよって言われています。白金トンネルで夏場に渋滞したことがあって、いまは空冷のファンを2枚直結したのでオーバーヒートしなくなったんですが、買ったばかりの頃だったので、どんどん水温が上がってきて。クーラーがついていないうえに、トンネルで渋滞しているから窓も開けられない。かみさんが、「私を殺す気か?」って言っていました(笑)だから、ポルシェ993を買った理由は夏用。冬はBMWで、夏はポルシェ!

スーパーカーのブームだった少年時代。
ポルシェとBMWが並んだ風景を思い出す

山本

子供の頃、お父さんお母さんはクルマを運転していましたか?

沖野

運転していなかったんです。ただ、叔父がけっこうクルマ好きだったので、夏休みに叔父の運転で京都の宇治から丹後半島に帰省するのが、その頃の思い出。

山本

そのときのクルマは、何だったか覚えていますか?

沖野

たぶん日産のブルーバードです。親父が助手席、後ろが母と僕と弟。僕は運転席の後ろに陣取って、身を乗り出して運転手と同じ景色を見たいっていう子供でした。

幼き日の沖野さんが、真っ赤な足こぎのオープンカーで、最初にクルマに目覚めた瞬間。 この時代の男のコたちは、必ずこれを経てクルマに興味を抱いたものだ。

山本

見かけるクルマの名前は何って、尋ねたりしませんでしたか。

沖野

ちょうどスーパーカーのブームで、京都市内に遊びに行くと、写真を撮りまくっていました。家の近くにあったテニス場のオーナーがグリーンのポルシェ930ターボとオレンジのBMW 2002を持っていて、小学校に行くときに毎日この2台を見ていたんです。ポルシェ993とBMW 3.0CSの2台持っていた時は、あれ、この風景どっかで見たなぁと。子供のころの記憶が、潜在意識に残っていたんでしょうね。

山本

いまに至るまで、形状やデザインを重視してクルマを選んでいますね。

沖野

走りよりも、どっちかというとデザイン重視。クルマは、僕の中では彫刻とか建築と同じジャンルなので。友達のデザイナーに面白い話を聞いて、昔のクルマのデザイナーは、建築からインテリアからグラフィックまで全部勉強したらしいです。

山本

沖野さんが建築やデザインが好きなのは有名ですが、もとはクルマが始まり?

沖野

クルマとグラフィックデザインが先で、インテリアや建築はその後です。

山本

グラフィックが好きなのは、レコードジャケットと関係ありますよね。

沖野

あります、あります。ブルーノートにクルマのレコードジャケットあるんですよ。

山本

ドナルド・バードの名盤ですよね。今日の撮影で、クルマのフロントにもたれかかったカット、ずばりそのイメージでした。

沖野

僕自分もクルマを使って、ミックスCDのジャケに使いました。

2015年にリリースした『RUNAWAY ~Boogie grooves produced and mixed by Shuya Okino(Kyoto Jazz Massive)』のジャケットには、沖野さんと妻のジョアンさんがBMW3.0CSの傍にたたずむ写真が使われている。 Photographer: DYSK

後編に続く

沖野修也(おきのしゅうや)

1967年生まれ。1991年に弟・好洋さんとのDJユニット、Kyoto Jazz Massiveとして活動をスタート。これまでDJとして、ときにライヴ・バンドとして世界40か国140都市に招聘された。DJの活動はもちろん、選曲家として、あらゆる空間の価値を変えるサウンドブランディングを手掛けている。2021年にKyoto Jazz Massiveとして19年ぶりのアルバム「Message From A New Dawn」をリリース。2022年にはジャズのレジェンドドラマー森山威男氏をフィーチャーしたKyoto Jazz Sextetのアルバム「SUCSESSION」をリリースし、フジロックフェスティバルにも出演。オーナーである渋谷のクラブTHE ROOMは、2022年にオープン30周年を迎えた。2023年4月からスタートしたinterfm『TOKYO CROSSOVER RADIO』のナビゲーターを務める(毎週金曜22時)。

「クルマ、家族、そして旅を語ろう」
DJ 沖野修也 【後編】

クルマはその人を物語る。どんなクルマに乗って、誰とどこに行くのか。インタビュー原稿と音声でお伝えするシリーズ、第二回目のゲストは、DJの沖野修也さん。1991年にKyoto Jazz Massiveとして活動をスタート以来、イギリスやヨーロッパのクラブツアーも行い、躍らせるジャズの第一人者として人気が高い。音のマイスターは、クルマを走らせるときにどんな音楽を聞くのだろうか。BMWの旧車から沖野さんが降り立った瞬間、懐かしくて新しい音が聞こえるような錯覚を覚えた。
シリーズ 第1回
#ロードサイド ストーリー
「クルマ、家族、そして旅を語ろう」
能楽師狂言方・大蔵基誠
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